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うみかぜ紀行

湯いづる国に住む恩恵

玉岡かおる・文

この一年はいい年だったか、そうでなかったか、振り返って精算してみるケジメの時期がまたやってきた。

でも毎年思うのだけれど、いいこと悪いことを差し引きしたら、結局のところ得失点はプラス・マイナス・ゼロ、となるのが私の決算だ。現に今年も、上半期に思いがけない事故で左手首を骨折、入院して手術をするという不運に見舞われたが、下半期もぎりぎりになって、四年がかりの歴史大作『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)を新刊として送り出すことができた。

骨折によって原稿を一行も書けなかった頃はつらかったが、心はめげず、辛抱強くリハビリに通うことで順調に回復できた。体さえ元に戻ればこっちのもん。中座した予定も、ブランクだって取り返せる。その上、今まで気づかなかったことを学ばせてもらったから、かえってこれは儲けもの、と言えそうだ。

その最たるものは、月並みながら体を大事にするということ。自分が絶対死なない超人のごとく思って無理してきたが、やはり人間はコワレモノ。それに、加齢で働きが弱ってくればメンテナンスだって必要だ。そして究極の〝自分・修理工場〟にたどりつけたのは骨折のおかげといえる。  そう、温泉だ。

リハビリではマッサージやストレッチの前に、まず温水で暖めるのが常識。いきなりやれば痛いだけの部位も、暖まって血流がよくなれば動きやすくなる。かつて湯治といって温泉が医療だった時代もあるくらいで、昔の人の知恵はやはり偉大というほかはない。

自分の電源を切り、仕事も忘れて温泉に浸ればストレスもふっとび、あちこち痛かった体もゆるくほぐれてリフレッシュ。まさに再起動の瞬間には、自分が更新された実感がある。

それに、昨今の温泉宿のクオリティの高いこと。清潔で広々として、自然と渾然一体となれる露天風呂の充実は目を見張るものがある。木枯らしの吹く冬でさえ、ちらほら舞う雪を見上げつつ体はほっこり。最高ですな~。

と書いてたら、また仕事しすぎの肩こりが、早く修理工場へ行こうとサインを送ってくる。災害王国日本にあって、温泉こそは、すべてを棒引きにする恩恵といえるかもしれない。

これはもう、浴びるしかないであろう。

挿絵

PROFILE

玉岡かおる
作家。兵庫県在住。1989年、神戸文学賞受賞作『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)でデビュー。著書多数の中、『お家さん』(新潮社)で第25回織田作之助賞。文筆のかたわら、テレビコメンテーター、ラジオパーソナリティなどでも活躍。