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うみかぜ紀行

タイヤがいざなうグルメ旅

玉岡かおる・文

海にも山にも、新鮮で個性的な食の恵みがいっぱいの瀬戸内。

むろん魅力は他にも、圧倒的、多彩。なのにお出かけの目的がグルメのみ、というのは、なんと贅沢なことだろう。いくらそこの特産品がおいしいと言ったって、今じゃ冷蔵技術と運輸網が発達し、わざわざ遠い産地に出かけなくても、近所でいくらでもみつけられる時代というのに。

いやいや、そんなことを言ってはミもフタもない。魚貝料理なら潮騒の聞こえるレストランで食べる方が満足感があるし、素朴な茸や芋の朴葉焼きだって、緑したたる山の木陰でいただくほうがずっと記憶に残るのは、人が持っている感性のなせるわざといえよう。

何年前だったか、うどんが一大旋風を巻き起こした時、マイ箸だけ持って瀬戸大橋を渡り、製麺所を何軒も巡っていくドライブも、テンションの上がるグルメ旅だった。

めざす場所がどこかは、ガイドブック不要。田んぼの中に行列ができているから、すぐそれとわかる。そしたら車を停めて、さっそく並び、順番が来れば、打ち立てゆでたての麺をお椀に入れてもらう、という流れ。

基本的におつゆはなく、醤油をかけただけでいただくシンプルさ。生卵をセレクトしたなら、たちまちうどんの熱でほどよく半熟になるというワイルドさも、なんだか楽しい。お店によってはトッピングとして何種類もの天ぷらが用意されていて目移りするが、そこはぐっとこらえてネギだけにする。でないと、三軒も回ればおなかがいっぱいになってしまうからである。

そう、このドライブは、製麺所によってコシや太さが違うのを、一軒一軒、食べ比べて行くのが目的なので、一日に五軒、六軒と巡る猛者なら、まさにうどん三昧で一日が終わる小旅行になるというわけだ。

うどん屋さんなら近所の商店街にもあるというのに、なんでわざわざ海を渡って四国まで? ――まだそんなことを言ってる人には教えてあげたい。かのミシュランも、タイヤ会社が車に乗って遠くへおいしいものを食べに行こうと仕掛けたのが始まりだった。おいしいものは、それだけをめざして出かけて行けば、わざわざここまで来たとの達成感で、いっそうおいしさを増すものなのである、と。

挿絵

PROFILE

玉岡かおる
作家。兵庫県在住。1989年、神戸文学賞受賞作『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)でデビュー。著書多数の中、『お家さん』(新潮社)で第25回織田作之助賞。文筆のかたわら、テレビコメンテーター、ラジオパーソナリティなどでも活躍。