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うみかぜ紀行

花に誘われドライブ日和

玉岡かおる・文

世界の車の傾向はエコに向かっているが、私はどうしても、バオン、というエンジン音が出ないと調子が出ず、スポーツカーを愛車にしている。目立つ車で近隣を乗り回すのは気が引けるので、ひたすら遠出のできる休みの日を待って乗るという、隠れドライバーだ。

だから寒さが去って穏やかな日差しの日は、待ちきれなくてドライブをたくらむ。行き先のナビは、たいてい西向き。山陽の道は風も青空も気持ちがよくて、単調な運転にも弾みがつくからだ。特に、春めく日には、フロントガラスのかなたに連なる山々の色の変化は一大絵巻。尾根や谷で、木々のエネルギーがうごめきだすのが目に見える。

枯れて線だけになった枝の先に若葉が芽吹き、鮮やかな命の緑をまとえば、やがて、黄色い山茱萸に白いコブシ、山桜にツツジに藤と、次々、花のゲリラ戦も始まっていく。

とりわけ、絢爛と日に輝く藤のゴージャスさと言ったらない。岡山の和気神社のあたりは、日本書紀にも「藤野」と呼ばれていたほど、藤が群生していた地だが、普段は昔のままに静かな山間の地が、シーズンになると藤見の客で大賑わいになるから驚く。

実はここは、拙著『天平の女帝 孝謙称徳』で、ヒロインの和気広虫が生まれたところ(とされている)。もちろん、その弟の和気清麻呂の方がずっと有名で、大きな銅像も立っている。僧道鏡を天皇にせよとの神託が本物かどうか、勅命を受けて宇佐八幡宮まで確かめに行き、それを打ち消す答えを持ち帰ったため、皇統を守った男として、戦前はお札にもなり教科書にも載っていた人物だ。

だが私の作品にも書いたとおり、彼はそもそも姉の広虫の代理だった。『続日本紀』にもちゃんと書いてあるが、天皇が女性だから腹心の家来も女性。信じられるのは彼女だけだったわけだが、女の足で遠い九州までの旅はキツいので、代わりに弟を行かせたのだ。

そんな広虫・清麻呂姉弟が生まれ育った地と知って眺めると、緑豊かな周囲の景色が違って見える。たちまち奈良時代にタイムスリップしていきそうにも思えるのは、藤が無言で、今も昔も変わることなく気品高い紫の濃淡を燃え立たせるからだろう。

古代、ここから都まで、徒歩と川船とで旅した二人を偲び、帰りの道はゆっくり走ろう。

挿絵

PROFILE

玉岡かおる
作家。兵庫県在住。1989年、神戸文学賞受賞作『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)でデビュー。著書多数の中、『お家さん』(新潮社)で第25回織田作之助賞。文筆のかたわら、テレビコメンテーター、ラジオパーソナリティなどでも活躍。