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せとうち美術館紀行 第2回 大塚国際美術館

大塚国際美術館 世界の美術館を楽しもう!

 鳴門公園(瀬戸内海国立公園)の中、周りの自然に溶け込むように立つ「大塚国際美術館」。鳴門名物の渦潮が見られる鳴門海峡のすぐそばに、地上3階・地下5階の巨大美術館があります。
 正面玄関から階段112段分もある長いエスカレーターで上ると、何とここが地下3階。古代から現代まで、世界25カ国から厳選した名画1000点余りを、高度なセラミック技術で再現した陶板名画の鑑賞は、この階からスタートします。

カスケードプラザ

2000年にリニューアルしたミュージアムショップ。一番の人気商品は、ハガキサイズのミニ陶板

カフェレストMIMOCA

モネの池を眺めながら軽食やお茶がいただける「カフェ・ド・ジヴェルニー」(地下2階)。別館1階には「レストランガーデン」、地下3階のシスティーナ・ホール前にはセルフスタイルのカフェ「テ・ペル・テ」も

ミュージアムショップ(1階)

渦潮を見ることができる「渦の道」がある鳴門公園方面への出入り口。半券を提示すると、再入館可能(当日限り)

猪熊 弦一郎

陶板名画とは

大塚グループの一社である大塚化学が美術陶板に着手したのは38年前のこと。鳴門海峡の白い砂に着目。その後タイルの製造を始め、大塚オーミ陶業株式会社を設立。オイルショック後、美術陶板の制作研究を行い、大塚グループ創業50周年(1973年)には、大型美術陶板・写真陶板の制作に成功。ゆがみのない完全に平らな陶板に、印刷された絵画を転写して、再び焼き上げるというもので、陶板の制作と絵画の印刷が並行して進行し、合体して完成します。1300度の高熱で焼くため、いずれは朽ちていく芸術作品を、半永久的に残すことができると注目されています。

大塚国際美術館に関しての対談1

■出席者

鳴門教育大学教授 山木朝彦
大塚国際美術館 常務理事 田中秋筰
大塚国際美術館 学芸部副部長 平田雅男
大塚国際美術館 企画・広報部学芸員 井上千鶴

■対談日

2009年10月4日(日)

左:鳴門教育大学教授
  山木朝彦さん
右:大塚国際美術館 常務理事
  田中秋筰さん

左:大塚国際美術館 学芸部副部長
  平田雅男さん
右:大塚国際美術館 企画・広報部学芸員
  井上千鶴さん

徳島の経済、観光の発展に寄与したい-そんな思いが美術館に

山木:
まず、大塚グループが素晴らしいこの美術館を立ち上げるまでの経緯を教えてください。

田中:
大塚グループは徳島県鳴門市が創業の地です。創業が1921年、創業者は大塚武三郎です。創業50周年に社会貢献になる企画を考えていたのですが、その記念すべき年の前年に、武三郎が亡くなりました。その遺志を継ぎ、2代目の大塚正士が75周年事業として大塚国際美術館の設立を成し遂げました。徳島で育った企業ですから、徳島への恩返しとして、特に観光・経済の一助になればという思いも、美術館設立に拍車をかけました。
冒頭から卑近な例で恐縮ですが、宴会に参加したとき、二次会の会場は近いに越したことはない。そんな思いから、観光資源として有名な鳴門のうず潮の近くに美術館を造りたいと願い、非常に許認可が厳しい国立公園の中に建築することになりました。

山木:
一度美術館を出て、うず潮を観てから再入館できるシステムになっているのですね。

田中:
美術館から四国の道という遊歩道を通って、15分ぐらい行ったところでうず潮が観られます。ご来館いただいた方が、観潮にちょうどよい時間を見計らって、一時的に外に出て、うず潮をご覧いただく。その際、私どもの係の者がチケットに判を押させていただきます。このチケットの判を見せれば、再入館できるシステムになっています。

山木:
うず潮を見て、また戻って美術館を見ることができるというのは素晴らしいことですね。ただ、いったん外に出ると思いのほか時間が経つのが速いでしょうから、気をつけないといけませんね。ところで、地域に立脚して鳴門のために尽くしたいとお言葉がありましたが、いまや全国からの来館者でこの美術館、賑わっていますよね。

年間23万人の来館者がある、人気の美術館に

平田:
おっしゃるとおりです。初年度、平成10年(1998年)にオープンしたときは、全国から30万人近くの来館者がありました。昨年度は、23万人の来館者が全国からいらっしゃいました。

山木:
1カ月平均だと約2万人ですか。まさに全国でも有数の来館者数を誇る美術館ですね。
来館者数が多い背景には、この美術館の特徴が大きくかかわっていそうです。こちらは、壁面の面積から言っても、展示室の大きさからみても、巨大な美術館ですね。基本的には常設展示という形態をとり、しかも陶板名画の美術館ですよね。この陶板による美術館であるという意味についてお伺いしたいと思います。

平田:
フランスの文化相を務めたアンドレ・マルローは、生前、「若い画家を教育するにあたって、偉人たちが一枚の絵に込めた人生観を汲み取ってもらうために、世界の名画を一堂に集めて勉強させたい」という趣旨のことを言っていました。世界の名画そのものを集めるわけにはいきませんので、限りなく原画に近い陶板名画を展示し、若者たちに名画の世界を学んでもらいたいという思いがこの美術館には込められています。

山木:
この陶板を作っている会社についてお話いただけますか?

平田:
はい。滋賀県信楽町の近江化学陶器と大塚の合弁会社として、1973年大塚オーミ陶業が設立されました。当初は、建築用の陶板製造を始めましたが、そこから、肖像陶板や美術陶板へと事業の拡大と転換を図り日々努力してきました。
1975年大塚正士が当時のソビエト連邦を訪れた際に、ロシアの墓地で故人の写真が墓に飾られているのを見たそうです。その写真は、無残にも赤茶けて古ぼけていたそうです。このとき、写真を陶板に焼き付けたらどうだろうと思いつき、それが肖像陶板のきっかけとなりました。

山木:
なるほど、今のお話で、陶板名画を展示する美術館設立が可能となった背景と設立経緯がよくわかりました。

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