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せとうち美術館紀行 第5回 高知県立美術館

高知県立美術館 多様なジャンルの芸術文化を満喫

高知県立美術館に関しての対談2

中央と地方の差を埋めたい

山木:
藤田館長のこれまでの実績を見ると、他の仕事をしながらもずっと映像や演劇などに関して考えていらっしゃったということですよね。若い頃から映像や演劇などに関心がおありだったのですか。

館長:
そんなに幅広くはなかったですが、映画とパフォーミング・アートについては、この仕事に就く以前もかなり関心が高かったですね。映画に関してはこの仕事に就いて扱う金額が大きくなりましたが、考え方の基本はあまり変わっていません。

山木:
私の恩師の宮脇理先生(元筑波大学大学院教授)は、映画日記をブログでつくられ、何百本という映画の評論をされていて、映画の話をよくうかがう機会がありました。ですから、そのことを思い出し、藤田館長の映画や演劇のお話をうかがうことができる職員の方は、幸せだろうなと思いました。

館長:
ところで、美術のすべてのジャンルがそうですけれども、地方に住んでいる人と、例えば東京に住んでいる人とでは、ずいぶん鑑賞できる映画に差があります。逆に言えば、同じように税金を払っていてこんなに見られる作品に差があること自体がおかしいのではないかとずっと思っています。その差を埋めたいというのが一番根本にあります。だからといってすべてを紹介するわけにはいきませんが、少なくともAというジャンルにこういう表現もある、ああいう表現もあるということを高知の人に体験してもらいたいのです。

山木:
その意識が芽生えた背景には、東京にお住まいだったということがありますか。

館長:
いいえ、京都に住んでいました。東京と比較は単純にできませんが、少なくとも高知よりはいろいろなものが提供されている土地でした。京都から高知に帰ってきましたら、映画は映画館でしか見ることができない。要するに、商業映画しかやっていないわけです。ところが映像表現には、ドキュメンタリー映画もあれば、実験映画も、アニメーションもあります。
そもそも商業的なルートで上映される映画というのは世界で上映されている映画のほんの一部で、ハリウッド映画がほとんどです。そして、1970年代には、なぜかヨーロッパの映画が入ってこなかった。この時期のあとには、ヨーロッパの映画がどんどん入ってきましたけれど、当時は日本映画とアメリカ映画ばかりでした。
ヨーロッパだけでなくアジアの映画も見ることができなかった。インドは世界で一番映画が作られている国なのに、日本の人々は全然見る機会がなかった。インドネシアでもベトナムでも映画が作られている。そういう国で作られている映画をいろいろ紹介したいというところからスタートしました。

個性的な美術館を目指す

山木:
モーションピクチャーという言い方を最近よく見かけます。現代美術では、映像を使うものが非常に多いですね。いまや美術と映像・映画という二つのジャンルが歩み寄っているような感じがしています。実際、東京都現代美術館に行ってみますと、動いている美術がかなり多く、静止している作品がむしろ少なくなってきている印象です。そういう意味で、こちらの美術館の将来的な展望を考えると、こうした変化は追い風になるでしょう。
ところで、先ほど藤田館長が、大都市と文化的な奥行きの違い、ギャップみたいなものを埋めようとおっしゃったのですけれども、そういう意識は僕にもあります。
みなさんは、こういう作品を県民にぜひ見せたいという何か想いのようなものはありますか。

影山:
地元のアーティストや過去の歴史上の作家でもよいのですが、地元ではあまり知られていないけれど、全国的に評価が高いというひとの作品を改めて展示することに意味があると思います。県民の方々に、それを誇りに感じていただけるような表現というものを企画したいと考えています。

山木:
そういう意味では、地方からの変革の波と世界の情報をつなぐ場として美術館を位置づけ、そのような場として実際に機能するように、高知県立美術館は発信力を強めていますね。過去の企画を見たら、そう思いました。

館長:
ジャンルごとに違いますね。映画というジャンルは、他のジャンルよりも中央に集中しています。ほとんどの映画が東京の配給会社や、その関係者が輸入して地方に配給しています。ところが、当館も最近力を入れはじめたパフォーミング・アートについては、東京中心だけれども、それ以外の地域が今すごく力をつけてきています。
ですから、当初は映画のように東京との落差を埋めるという発想でしたが、今は個性的な美術館を目指し、各地で違うことをやるべきではないか、違うことがやれるだけの力をつけないといけないと考えが変わってきました。

高知ゆかりのテーマや作家を紹介

山木:
美術という分野でも、高知を中心に活動されているコンテンポラリーの方や、過去の方でも優れた才能を積極的に発掘されているような企画をお見受けします。ポピュラーなもので言うと、「造形集団海洋堂の奇跡」という企画展がありましたね。
地域の美術の発掘という意味での行動力とともに、時代の潮流に棹差したしなやかな感覚も求められているように思うのですが、「高知」に焦点を当てた企画を教えていただけますか。

河村:
過去のもので言えば、2年に1回程度の割合で「TOSA TOSA」シリーズという高知にゆかりのあるテーマや作家を取り上げる自主企画を開館10周年ぐらいまでやっていました。その後は「TOSA TOSA」シリーズにとらわれずに、高知出身の方や現代の方も紹介する企画を定期的に行っています。
近代以前に活躍された作家についても、なかなか個人の展覧会が全国規模で開かれない場合もあるので、高知ならではという方を取り上げています。今までに石川寅治、山本昇雲という近代の作家の展覧会をやっています。現代でしたら、影山が担当していますが、世界的な写真家の石元泰博先生もコレクション展で定期的にご紹介していますし、2001年には大きな企画展も行いました。来年も展覧会を予定しています。

山木:
ほかにどのような現代の作家、過去の作家を伝えたいですか。

館長:
写真家の野町和嘉さんとか…。

河村・影山:
大御所ですね。

山木:
実は、館長がブログで書かれていたことですごく感銘を受けたことがあります。「専門的で一部の人だけしかわからないような言葉で語っているようでは半人前。それほどに理解をしていない人に魅力を伝えて、興味を持ってもらえるように語りかけてこそ一人前」と。
これは本当にすばらしい言葉だと思います。このアーティストについては、みなさんが知っていると思っていても、案外、一部の美術愛好家しか知らない場合があります。実をいうと、私も野町和嘉氏の作品に触れた機会がありません。

影山:
野町和嘉さんはメッカや世界秘境を撮っている写真家で、この方は50歳代です。2008年10月に展覧会(野町和嘉写真展「聖地巡礼」)をしましたが、来年はイタリア・ミラノのギャラリーで、こちらでやったものをベースに展覧会を開かれるということを聞いています。

山木:
こちらの美術館は写真のコレクションが強い感じがしますね。

影山:
残念ながら、そうでもありません。コレクションをしているのは石元泰博さんの作品だけです。

写真家・石元泰博さんが全作品を寄贈

山木:
石元泰博氏の紹介をしていただけませんか。

影山:
高知ゆかりの写真家となっていますが、シカゴのニュー・バウハウスで写真の勉強をされて、日本より海外で非常に評価の高い写真家です。モノクロで撮影をされていて、最初に大きく取り上げられたのは「桂離宮」を新しいモダンな視点で撮影されたものです。今は89歳とご高齢になられて撮影はされていませんが、去年から今年にかけて写真集がたくさん出て、今も水戸芸術館で展覧会をされています。文化功労者でもあります。ただ高知に住んでいたのが一時期だけなので、こちらではあまりなじみのない写真家ですが、世界的に評価の高い写真家ですので当館が紹介する役割を担っています。石元さんがお持ちの作品は、すべてご寄贈いただいています。

山木:
すべて作品をこちらに寄贈されているのですか?

影山:
そうです。1万点を超える作品数で、本来それだけで美術館ができてもよいくらいです。ですから、彼の作品を当館から積極的に発信していこうと考えています。

館長:
実は、石元先生の作品が当館に収蔵できるのは影山の力が大きいのです。水戸芸術館で開催された石元先生の写真展に行きましたが、水戸だけでなく、多くの美術館が石元先生の作品を収蔵したいという願望を持っていました。その中で当館が選ばれたというのは、作家の方との信頼関係をとりわけうまく築けたからでしょう。石元先生の作品は、当館にとってマルク・シャガールと並んで財産になると思います。
美術館の収蔵品の質の高さを証明する方法のひとつは、いろいろな美術館からの貸出のオファーです。その点で、シャガールは貸出の機会が多いのですが、石元先生の作品についても、最近、貸出のオファーが多くなってきました。海外からの依頼もあります。

山木:
美術館の一つの水準というのは、企画展の時に他館から借り出したいという申し出がどれだけ来るかというところにもよりますね。いいコレクションを持っている、コレクションでなくてもいい作品を持っている場合には、「今回の企画展に出したいので」というお願いが年間何回も来るんですよね。そういう意味では高知県立美術館は質が高いということを物語っていると思います。

影山:
9月半ばぐらいまではヒューストン美術館で石元さんの展覧会が開催されていて、こちらからも作品をお貸ししていました。

河村:
実は、当館で石元先生のコレクション展をした時に公開整理作業をしたんですよ。

山木:
市民参加で、ですか?おもしろい企画ですね。

影山:
市民参加まではできていませんが、作品の整理や登録など普段見ていただけない整理作業を、コレクション展会場の一角で見ていただき、どれだけの作品がこの美術館に提供されたのかを知っていただこうということもやりました。

山木:
それはおもしろいですね。

影山:
美術館である以上、基本となる作品の安全管理をきちんとして、それをアピールしていくという活動が重要です。収集予算がどんどん減ってきている中で、大きなプレゼントを石元先生からいただいたというのは当館にとっても、高知県にとってもすごくありがたいことです。これをどういうふうにこれから運営していけるか。数が非常に多いので、その整理や登録していくだけでもすごく時間がかかりますが、ここだけにしかないコレクションですので、研究者の方にも来ていただき、作品全部を見るというのはなかなか難しいのですが、石元アーカイブ機能みたなのができればいいと考えています。

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