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せとうち美術館紀行 第7回 兵庫県立美術館

兵庫県立美術館 西日本最大級の美術館は見どころ満載

兵庫県立美術館に関しての対談2

鑑賞と制作を一体にしたこどもの教育プログラムを実施

山木:
教育普及についてお伺いしてよろしいですか。館長は楽しさを経験することが一番美術館を身近にする早道だということをおっしゃいました。こちらでは,いろんな教育普及をなさっていますよね。ブログのような形で発信されている「こどものイベント通信」を見せていただきましたが、いろいろなことを多角的にされていますね。
例えばカンディンスキーの企画展では、シェーンベルクの音楽を流して親子でそれを絵にするというワークショップがあり、とても興味を覚えました。このような表現活動を伴った企画が多いように思いますが、カンディンスキーの場合はどんな展開になりましたか。

遊免:
あれは苦労したイベントでした。カンディンスキーの作品(「印象Ⅲ(コンサート)」)は、作曲家シェーンベルクの演奏(「3つのピアノ曲」)を聞いて描かれたものなので、「ぜひ音楽を実際に聴いてやってみたいね」という話になりました。
教育普及担当の学芸員と二人のミュージアム・ティーチャーがいますので,展覧会の担当学芸員とも相談しながら計画と実施を行いました。ミュージアム・ティーチャーの一人は,芸大出身で油絵を描くアーティストです。このひとが具体的に制作をどうするかという課題を担当しました。鑑賞担当の私ともう一人のミュージアム・ティーチャーが、鑑賞と制作をいかにつなげるかという点を考え、プログラムが出来上がりました。
いきなり実際にやってしまうというのは不安ですから、その前にこどものイベントを手伝ってくれるボランティアのメンバーに来てもらい、当日予定している内容を事前に体験してもらいました。その結果を反映させて,イベントをつくりました。

山木:
失敗をしないようにシミュレーションしてみたわけですね。大変周到な、そして丁寧な教育実践の計画立案だと思います。

遊免:
そうなんです。

山木:
どのくらいの年齢層が対象ですか。

遊免:
小中学生対象です。小学校低学年は保護者の方と一緒にご参加下さいと言っています。だいたい3年生、4年生ぐらいが多いです。中学生は部活があるので参加していただくのが難しいですね。

館長:
そのときのことを聴かせてよ。参加者は,音楽を聴いて自分ながらに絵を描くの?

遊免:
そうです。その前に,もうちょっと入りやすい短い練習曲から入り,イメージをいだかせます。

館長:
カンディンスキーの絵は見せているの?

遊免:
はい。ギャラリートークをしています。

館長:
それでカンディンスキーはこういう絵を描いたけれど…となるわけだ。

遊免:
「目に見えないものを絵にしてね」と言っています。

館長:
どういう作品ができたのか,教えて。

遊免:
いろいろです。後で発表会をしてもらったのですけれど、それぞれ思い入れがあって、特に保護者の方々が熱く語られたのが興味深かったです。「このへんは落ちている感じ。曲の流れが落ちている感じがしたから、この辺はこういうふうにしてみた」とか、「このへんは優しい感じで始まって、激しい感じになっていく」とか、饒舌に語られます。
実際は、「3つのピアノ曲」のうちの1曲目だけを絵に描いてもらいました。エンドレスで曲を繰り返し流し、その間に描いてもらう。非常に抽象的な感じです。色は原色のみ使って混ぜないようにしました。

山木:
シェーンベルクの音楽は少し神経質な感じや難しい感じを受けますが、感想はどうでしたか。

遊免:
最初に聴いたとき、子どもたちはぽかーんとしていました。でも何回も聴いているうちにローラーとかを使いだして…。描きだすと早いですね。

館長:
あまり聞き慣れていない曲なのに,よくイメージできるね。

遊免:
ですから先に練習曲で練習したのです。

館長:
そうか。20世紀半ばの現代音楽は常に不協和音を繰り返すよね。子どもにとってはコンテンポラリーなんだね。

山木:
カンディンスキーとシェーンベルクが友だち同士で、交流があったということも伝えているわけですね。

遊免:
それは合間に学芸員が休憩の感じで話をしました。でも実際にはそんなに話をする時間はなかったです。

山木:
概念的な知識として固くではなく、知的好奇心を引き出すような形で進めていていいですね。

遊免:
そうですね。

館長:
描かなきゃいけないので子どもたちも集中するでしょう。音楽ってつい流してしまうけれど、聴かなきゃ絵に描けないという思いがあるから細かく聴く。普通はこんなに聴くことはないと思います。

遊免:
そうなんです。すごく聴いていました。

館長:
そういう点で音楽の勉強にもなるし、良かったね。

山木:
鑑賞は鑑賞だけ、制作は制作だけという時代から、制作と鑑賞が有機的につながって一連のものとして体験できるといいのではないかと私も最近強く思っています。そういう意味で、こちらの教育普及のいろいろな活動を見ていると、鑑賞と表現活動を結びつける実践が多いですね。鑑賞から制作へとか、制作から鑑賞へとか。こういう企画が多い点も,一つの特徴として挙げられるのではないかと思いました。
なにか方針のようなものがあるのでしょうか。他の美術館だとワークショップはワークショップとして制作するだけ、鑑賞は鑑賞でギャラリートークをやるだけということが多い。こちらは両方を結びつけようとしていますね。

遊免:
当館の伝統的なものです。近代美術館の時代から、鑑賞と制作を結びつけたプログラムをやろうという考えがあります。どちらもつなぎ合うことでお互い深め合うことができる、そこがポイントだと思います。

山木:
先ほど館内を案内していていただいたときに、ナウム・ガボの「構成された頭部No.2」の作品をモチーフにして、段ボールで大きな平面から顔を立体に仕上げていくイベントをしたと伺いました。それは最近ですか。

遊免:
平成21年(2009年)です。ガボの研究所という意味で「ガボラボ(研究所)」と題してやりました。

山木:
どれくらいの年齢層のこどもたちが対象ですか。

遊免:
小学校高学年ぐらいのこどもです。計算というか、図面を見ながら組み立てていかないといけないのでけっこう頭を使います。最初は平面のシートで、組み立てていくと立体になる。大人でも難しいものでした。

中嶋:
私も体験しましたが、ちょっと難しかったです。できあがる過程で「あー、ガボになっていく」と実感しました。そこで味わった、形ができあがっていく喜びは,子どもと一緒かなと思います。

毎週コンサートを開催、ここに来れば何かをやっている

山木:
コンサートも開催されていますね。

中嶋:
クラシックのコンサートを毎週土曜日の14時から、美術館のエントランスで,無料で開催しています。一部有料のものもあります。

館長:
近所の人が来ますよ。ここへ来るとライヴ演奏が聴ける高級レストランみたいなもので、気軽にクラシックが聴けます。

中嶋:
美術の展示だけでなく、「ここに来たら何か面白いことをやっている」と思ってもらえればいいなと考えています。

館長:
毎週やることが大事です。普通の美術館はやらないですよ。演奏家に誰を選ぶかは、委員会で決めます。ピアノもあれば、邦楽もあります。

中嶋:
沖縄民謡の三線(さんしん)やジャズもあり、いろんな分野を楽しめます。

山木:
なかでも、神戸とジャズ、兵庫県立美術館とジャズというのは、非常にイメージが重なりますね。

視覚障害者も手で触れて楽しめる企画展を開催

山木:
教育普及のことに戻りますが、触れて味わうといいますか、手で見るアートといったものを開催されていますね。

中嶋:
「美術の中のかたち~手で見る造形」ですね。視覚障害の方にも美術を楽しんでもらおうと1989年の近代美術館時代から始まり、今年で22回目を迎えます。健常者の方にも目に見える以外の感覚を味わっていただけ、毎年好評です。

山木:
実際の彫刻作品、しかもロダンやザッキンなど大変立派なものに触れていいというところが斬新ですね。

中嶋:
そうですね。普段は触れない作品も、この期間だけは触れることができます。最近は現代アートの作家の方が、当館所蔵のザッキンやロダンなどの作品と一緒に自分の作品を並べています。自分の作品を触っていった延長線上にロダンの作品が出てくるという感じです。

山木:
アイマスクをかけるのですか。

中嶋:
はい、アイマスクを貸し出しています。まずウエットティッシュで手を拭き、指輪などを全部はずしていただきます。

山木:
手の油分を取り、作品を傷つけそうな硬いものをはずすわけですね。作品は全部触れられるのですか。

中嶋:
はい。床に点字ブロックがありますので、それに沿って進んでもらえば何かある・・・、となるわけです。

館長:
自分がいざ目に見えなくなったときに、こういう感覚になるということを体験するわけです。自分のこととして視覚障害者の方に接するための入り口です。実際に我々が目を隠してみると、かえって、いろんな思いが浮かびます。普段考えないことを考えるのもすごく大事だと思います。

山木:
よく“手で見る”という表現をしますが、感覚的に研ぎ澄まされますからね。

中嶋:
今年(2011年)は7月16日から11月6日まで、コレクション展の中で作家さんをお迎えして開催する予定です。

山木:
現代作家の方ですか。

中嶋:
陶芸作家の桝本佳子さんです。

山木:
桝本佳子さんの陶器の作品を実際に触れていいということですね。作家さんもオーケーを出してくれているのですね。

中嶋:
そうです。桝本さんの協力が無くてはできない企画です。

アーティストとこどものふれあいの場をつくる

山木:
企画展の時には、アーティストがこどもや大人の入館者の方々に説明する機会があるように見受けられます。そういう場でアーティストも社会との接点を手に入れることができると思いますが、こどもたちに語りかける場はあるのですか。

館長:
あります。例えば、森村泰昌さんが「なぜこの作品を創ったのか」という背景などをレクチャーしました。

山木:
森村泰昌さんはそういう意味で自分のやっていることをしっかりと言葉で語れる作家ですね。

中嶋:
そうです。かなりパワフルです。

山木:
子どもに理解してもらおうと思ったら、わかりやすい言葉で話さないといけません。

中嶋:
それがかなり難しいのです。

山木:
難しいけれど大事なことですよね。

中嶋:
確かに大事です。でも、いざ子どもにわかりやすい言葉に置き換えようとすると、非常に難しいです。

山木:
アーティストとこどもを出会わせる場も、これからの美術館にとってはかなり重要な役割になるのではないかと思います。

館長:
そうすればこどもたちは美術に興味を持ちますから。

中嶋:
「こどものイベント」で鑑賞と制作をしているのがまさにそれです。先ほどご紹介した「美術の中のかたち~手で見る造形」でも、作家さん自らレクチャーをして、こどもたちと一緒に制作をします。

館長:
それもやれる人とやれない人がいます。誰でもできるわけではないんですね。

山木:
なるほど。比較的若いアーティストの方は、こどもとの接点を探ったり、一般の来館者に自分の考えを述べたりするのもあまり抵抗なくしているような様子が見受けられますよね。

中嶋:
そうですね。

館長:
美術館がすごく大事なのはそこですよ。そういうことを小さいときから体験していると、大人になったときにできます。美術館に来ていなかった子は、それができないのです。

山木:
自分の考えを言葉にしてみるというのはとても大事な経験ですね。

館長:
日本の学校にはディベートのクラスがありませんから。ディベートするクラスをつくると変わりますよ。英語の授業も大事ですけれど、それ以上に自分の答えを自分の仲間に話す、そういう訓練がすごく大事です。作文を書いたら、その作文についてみんなの前で語る、そういう授業をしてもらいたいです。そうするとすごく変わると思いますよ。

山木:
そうですね。自分の意見を人の前で述べる機会が少ないし、お友達の意見について自分はこう考えるというような批評をする力もないですね。

館長:
そこが国際舞台に立ったときに日本人が全然だめな理由なんですね。

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