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せとうち美術館紀行 第8回 徳島県立近代美術館

近現代美術の多彩な魅力を堪能

徳島県立近代美術館に関しての対談7

コレクションの魅力紹介や教育普及を粘り強く続けていきたい

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山木:
館長として今後の美術館のありようや目論見についてお考えがありましたらお聞かせいただけますか。

館長:
こういう時代ですから新しいことをどんどんお金をかけてするというのはすごく難しいことだと思います。今あるうちの美術館の所蔵品の特長を生かして、いかにお客様に来ていただけるか。それは子どもたちも含めて、将来の美術館の観客になっていただけるようにということです。そして絵を鑑賞することによって美術に親しみを持っていただき、将来どこに行っても美術を見る楽しさがわかる子どもたちに育って欲しいと思います。それが将来的にここの美術館の来館者にもなり得るということにつながっていきます。そういう考えなので、敷居が高い美術館ではなくて、いろんな人に気軽に来ていただける美術館、あそこに行ったらなんか楽しいことがありそうだという美術館にしていきたいと考えています。こういう経済が低迷する時代だからこそ、自分たちの持っているものを活用し、いかに外に広めていくかということが一番大事です。その点、徳島県立近代美術館には、優秀な学芸員たちがいますので安心しています。

山木:
館長は行動する館長といいますか、いろいろなところで館長を見かけたという話を聞きます。高知県立美術館でも、そのホールで館長のお姿を見かけたという話を聞きました。

館長:
それは私ではなくて、私に似た私の友だちが歩き回っているという話ではないでしょうか(笑い)。でも美術だけではなくて、いろんなことが浅く広く何でも好きですから、美術館や企画展などで面白そうなものがあったらわりと行っていますね。

山木:
そのおもしろさの中心みたいなものをこちらの美術館で生かすのですね。

館長:
はい。学芸員が「こんなのしたいんだけど」と言って、面白そうだと思ったら「いいんじゃない」と。それしか言えませんから(笑い)。

山木:
面白さって大切なことですよね。

館長:
私は全く専門外ですので、自分が面白いか、面白くないかなんですね。楽しそうだというものができたらいいと思っています。

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山木:
江川さんは、今後こうしたいということはどのようなことでしょうか。

江川:
伸ばしたり変えたりする部分はもちろんありますが、間違いなくやらなければいけないことは、コレクションも、活動のノウハウも情報も、それを大げさなことをいいますが、百年後、二百年後も確実に美術館として伝えていくということです。私も森もそうですが、私たちはあくまでも一時的な橋渡しを担っているだけで、何百年という歴史の数十年間を担っているという思いはあります。

山木:
収蔵している作品をどう後世に維持するかということとともに、どう魅力を伝えていくかという研究ベースとしての厚みが必要ということですか。

江川:
展覧会もできるし、教育普及もできるし、研究もできる。それぞれの分野にわたって優れた学芸員たちが揃っていますので。

山木:
それが次世代につなぐということですね。

江川:
だからこそコレクションの魅力を伝えていかなければいけないというのでしょうか、そうして常に世の中に向かってアピールしないと、美術館自体の不要論が起こりかねません。

山木:
森さんは開館当時からお勤めになっていて、今後この美術館をさらに発展させるにはどういうファクターが必要と思われますか。あるいは逆に、今あるものをどう伸ばしたらいいのか、変えるのか、攻めるのか、守るのかはわかりませんが、この美術館を未来へつなぐために必要だと思うことを自由におっしゃってください。

森:
館長も申しましたが、予算の少ない状況というのがまずあります。

山木:
そこも何とかしたいですよね。

森:
そうですね。

江川:
お金は確かにありませんが、コレクションだけを紹介するのではなく、学芸員の顔で引っ張ってくる展覧会というのもあるんですよ。「あの学芸員に企画にかかわってほしいから徳島に声をかけよう、徳島は特に安くてもいいよ」と。

山木:
そういう力を生かして魅力的な展覧会をするというのは大事ですね。

森:
ありきたりですけれど、継続が大事なんですね。

山木:
失速しないことですね、教育普及についても粘り強く。

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森:
粘り強く、あきらめずに続けることが今の時代には大事だと思っています。今、芽がいっぱい出てきているんですよ。学校教育との連携を見ても、亀井先生がさっき言っていましたが、先生のほうから声をかけてくるとか、一緒に何かをつくる機会が増えました。一般のお客様でも、「仕事に疲れたから美術館に来るのが生き返る秘訣だ」という方や、県外から「この作品を見るために遠くから来ました」という人がかなり多いんですよ。ヨーロッパの美術館をずっと夫婦で回って、次は国内の美術館ということで、関西方面や中国地方などへ車に乗って来られる方がいます。そういう方は受付に声をかけ、学芸員がいたら話しかけてくださったりします。こういう方のように、ありきたりのものではなくて自分が見たいものを選びながら美術館巡りをしている方も増えていると思います。そういうニーズをつかまえ、広げていけるようにするために、こつこつ努力しながらどこかで飛躍させていきたいですね。

山木:
今のお話を伺っていると、学校の先生方も美術館に対するまなざしが非常に成熟してきていて、一般の市民の美術愛好者の方々も質的にいろいろな経験の層の厚みが出てきたという気がします。これから美術館と市民、あるいは学校とのかかわりが成熟した時代を迎えるということかもしれませんね。相手側からのニーズも、ただギャラリートークをしてください、教育普及をしてくださいではなくて、こういう形で一緒に作りませんか、こういう作品を見せてくださいとか、非常に要求の水準が高くなってきているということだと思います。その要求の水準の高さにどう応えるかということになると、かなりの努力や見識などが必要になりそうですね。

森:
先生方や来館者の様子が変わってきていて、それがどこかで大きく飛躍する時点が来るように思うんです。なぜかといいますと、先生方が楽しんで子どもたちに語りかけてくれていますよね。そういう数が増えてくると、出前授業や教員研修の時に「鑑賞が楽しかった」と笑顔になってくださるんです。その笑顔が子どもたちに広がっていくことで美術館に親しみを持ってくれる人が大きく広がってくる、それが集まって結果として表れる時代が来るのではないかという理想を持っています。そのときに支えられる展覧会ができるかどうかが勝負になります。

江川:
特別展はもちろんそうですが、所蔵作品展の方も来館者の見方がずいぶん変わってきています。開館間もない頃は「なんやこれ」という感じ。今は好意的に「こんなにいいものを見せてもらった」と言ってくださいます。これは教育普及の成果であると同時に、絶え間のない根性で続けてきたことが来館者に気づいてもらえたということなのでしょうね。

山木:
そうですね、飛躍の時点がどこかで来るような気がします。市民運動的に美術館の重要性が今よりさらに認識されるようになった時点では、おそらくコレクションへの予算の配分も大きくなるのではという気がします。これは日本経済の成り行きとも関係していますが。

館長:
そうですね。

江川:
予算の方は、仮に10億あっても、20億あっても足りないものです。

山木:
亀井さん、これからこちらの美術館で何を探究したいのか、お聞かせください。

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亀井:
私は、今までの教育普及の実績プラス教員としてこちらの美術館に入りました。コーディネータの役割を果たすつもりですが、学校の先生方に学芸員という人たちの魅力をお伝えしていく役割もあると考えています。また、特別支援教育に長く携わってきた経験から申すと、絵を描くのが大好きな知的障がいの児童生徒がたくさんいるのです。そういう美術が大好きな子どもたちが、社会人になった途端、なかなか美術に触れる機会に巡り会えなくなる現実もあります。だからこそ、すべての人々が、素敵な絵を見て楽しい、いろんな人とのかかわりをもてて楽しい、そういう美術館であり続けるように、精一杯、努力していきたいと思っています。

山木:
亀井さんの人柄が魅力に満ちているから多様な市民の方々を美術館に呼び込むひとつのパワーになるのではないかと、私は期待しています。

江川:
いろんな活動が世の中に定着して根を下ろしてきて、美術館に対する信頼感は県内だけでなく全国的に上がっています。徳島県立近代美術館というのはいい活動をしている。それが結果として、例えばコレクションに結びついたりします。寄贈などは口を開けて待っていれば降ってくるものではなく、だからといって学芸員が日参すれば、根負けして寄贈してくださるわけではありません。徳島県立近代美術館だから安心して託そうということがあるんです。つい先日も、日本中に話が回って、最後に徳島県立近代美術館にやってきた一枚の作品があります。全然ゆかりもない鎌倉の人が知り合いの人に相談して、修復研究所や東京芸大、各界の長老などいろんな人を回られ、みなさんが「徳島県立近代美術館に相談すれば」とおっしゃったそうです。そういうことがありました。自慢になってしまいますね(笑い)。

全員:
(笑い)

山木:
せとうち美術館紀行では、どちらの美術館もみなさん大いに自慢されています(笑い)。だからどんどん自慢なさってください。

森:
美術史の新しい視野を開くような新しい研究もしたいですね。

江川:
それはみんなそうです。よくやるなと思います。思い切り背伸びしている美術館ですよ。わずか学芸員が8人と、館長と副館長の美術館とは思えないぐらい。みんな「とうきんび」(東京国立近代美術館)には負けるなと、それぐらい気合いが入っています(笑い)。

山木:
それはいいですね。本日はお忙しい中、いろいろなお話しを聞かせてくださってありがとうございました。

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