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せとうち美術館紀行 第9回 東山魁夷せとうち美術館

色彩豊かな風景画に酔う

東山魁夷せとうち美術館に関しての対談2

版画作品の寄贈を機に設立、コレクションの充実を図る

対談イメージ

山木:
この地とかかわりのある東山魁夷さんとこちらの美術館の関係を絡めて、美術館創設の経緯を教えてください。

館長:
香川県は魁夷さんとはご縁が薄かったところがあるのですが、平成9年に香川県の文化会館という美術館の役割をしているところで、「東山魁夷版画展」を開催しました。それが契機となり、魁夷さんは平成11年5月に亡くなったわけですけれど、奥様のほうから版画作品270点を寄贈していただきました。それを機に美術館をつくろうという話が持ち上がり、平成17年4月に開館いたしました。

山木:
その後、コレクションの充実なども進んでいますか。

館長:
せっかく美術館をつくっても、市街地から少し離れた交通の便の悪いところにありますので、版画作品だけではお客さまにまた来ていただけるかどうか非常に心配をしたわけです。そこで香川県としては、奥様にお願いして、本画作品をぜひ分けてほしい、購入させてほしいと再三お願いしました。しかし当時、住居のある千葉県市川市のほうでも記念館をつくろうという計画があり、魁夷さんはその第一号の名誉市民でいらした関係から、残された奥様は「残りわずか数点の作品は、市川市に差し上げる。私はここで暮らしているので」という趣旨のことをおっしゃられました。 結局、最後の日展の出品作になりました平成10年に描かれた《月光》という作品を譲っていただくことになりました。それとともに《緑渓》という作品もあわせ、2作品を最初に購入しました。その後、昭和31年の日展出品作であり、魁夷さんがお世話になった市川市の中村さん宅のお庭にある松を描いた《松庭》という大きな作品を購入しました。 現在当館が購入した作品は全部で5点、寄贈していただいたのが1点、寄託が1点となっています。

山木:
その寄贈は奥様からですか。

館長:
いえ、この美術館ができるということを聞いた徳島の未亡人の方が寄贈してくださいました。なくなられたご夫君が持っておられたもので、「私どもでずっと持っているより、この作品を多くの方に見ていただいた方が主人も喜んでくれるだろう」と開館時に寄贈していただいたんです。

山木:
すごい英断ですね。

館長:
その作品には非常におもしろいエピソードがあります。魁夷さんには《道》という代表作があり、寄贈していただいた作品はそれと同じ昭和24年頃に描かれた作品です。青森の種差海岸の牧場地に馬が何頭か遊んでいる絵です。 実は作品を寄贈していただく際に本物かどうかの真贋の判断を魁夷さんの奥様にしていただきました。その作品には白い馬が一頭描かれていて、それを見て奥様が思い出されました。この作品はもともとは軸装で、昭和53年頃に額装にしたものなのですが、昭和47年に白馬シリーズが発表されて馬が有名になったので、持ち主の方が、軸装から額装に移すときに「白い馬を書き加えてほしい」と依頼されたそうです。そして魁夷さんご本人が、白い馬一頭を後で付け加えて描かれたという、非常におもしろい作品なんです。

山木:
作品名は何ですか。

館長:
当初は《朝涼》という作品名だったようですが、その後、額装にしたときに《夕凪》となりました。《朝涼》から《夕凪》になったということで、朝の時期なのか、夜の時期かよくわからないですけれども(笑い)。当館では《夕凪(朝涼)》というかたちで表記をしています。

山木:
来館者はいつ訪れても、何らかの本画作品は見られるようになっていますか。

館長:
1点か2点は見られます。とはいうものの、ホームページなどいろんなものを見て、東山魁夷の作品を鑑賞できるということで期待して北海道や九州など日本各地から来られ、本画作品が1点しかなかったとか、特別展の時にも本画作品が少ないとアンケートに書かれる方もおられます。当館としてもいい本画作品が市場に出れば、またオファーがあれば、ぜひ購入したいと考えております。最近では、2年ほど前に《月宵》という作品をオークションで購入しました。

山木:
そうですか。今後も本画作品を中心にコレクションの充実というのを図ろうとこころがけておられるわけですね。

館長:
そうです。

多くの人に楽しんでほしいと質にこだわってリトグラフを制作

山木:
日本画の作家で、国民的画家と呼ばれる方々は、どなたもリトグラフをたくさんつくられています。東山魁夷さんもかなり本格的なリトグラフによって、自分の世界を多くの人に知らしめたいという気持ちが強かったと思うんですね。そういう意味では一点一点のリトグラフの質というものにかなりこだわっていらっしゃったと思います。リトグラフについて東山魁夷さんはどんな思いを託されていたのですか。

館長:
本画作品は世の中に1点しかなくて、特別なときでないと見ることができません。そこで、より多くの方々に身近に作品を見て楽しめる機会を持っていただこうという強い想いが作家ご自身にあり、人気のある作品を主にリトグラフ化をどんどん進めたわけです。 そのなかで緻密さという点について、「中途半端なもので品位を下げてはいけない」と、東山魁夷という作家の強いこだわりがあります。実は、木版画の制作をしている方が、技術者の高齢化で後継者もいないということで、版木を寄贈してくださいました。その方の話では、彫り師や摺り師が精魂込めてつくりあげた試し刷りを魁夷さんに見てもらうそうですが、なかなかゴーサインがでないと。それで逆にいいものができたと自信を持っておいででした。 私どももポスターやチラシなどを印刷するときは、色校正をかなり厳しくチェックしています。グッズを製作する場合も、東山魁夷という人格、品格を損なうような使われ方をしないようにという方針でやっています。

山木:
その版木はどなたが寄贈してくださったのですか。

館長:
大阪の美術書院です。その版木を見ると、木版画ひとつをつくるのも大変な労力をかけ、緻密な作業をしていることがよくわかります。

年4回のテーマ展と、春と秋に特別展を開催

山木:
展示の方針についてお話しいただけますか。

北地:
当館の所蔵作品は、本画作品が7点と、リトグラフ、木版画、セリグラフ、エッチング含めて版画作品が280点あります。限られた展示スペースですので、年4回、展示替えをしながらそれらを紹介しています。春と秋は特別展として、当館以外のいろいろな美術館から魁夷さんの作品や、魁夷さんと同年代の方の作品などをお借りして開催しています。 まずテーマ作品展からお話ししますと、年4回テーマ作品展を開催しますので、開館以来7年やってきて今回で28回目になります。毎回、季節や取材地など2つのテーマで魁夷さんの作品を楽しんでいただいています。これまで重なったテーマもありますし、作品280点は一通り展示しました。魁夷さんは風景画家ですので風景の作品しかないわけですけれど、280点も版画作品があるおかげでさまざまな切り口から毎回違うテーマで紹介できています。 それぞれの美術館が魁夷さんの作品は大事に持たれているので、たくさんの作品を見たいと思っても、なかなか生誕100年といった記念の年でないとまとまった数にしてご紹介することができないんですね。

対談イメージ

山木:
現在展示中のテーマは1階と2階で違いますね。

北地:
はい、1階のテーマは《眺望》です。魁夷さんは海、山、森、湖など自然を描くことが多いのですが、その中で今回は山から見た眺望ということで紹介しています。2階はこれからの季節を感じられる「きよらかな春の恵み」をテーマに、春の季節感が感じられる作品を紹介しています。自然を描くとその時々の季節が必ずありますので、テーマは季節や、魁夷さんの海外の重要な取材地であるドイツをテーマにしたり、北欧紀行にしたり、たくさんの切り口があるんですね。

山木:
今日2階で見せていただいた《緑溪》についてぜひ語ってください。

対談イメージ

北地:
《緑溪》の取材地は長野県です。魁夷さんは山登りがお好きでした。少年時代は海で過ごした魁夷さんでしたので、大学に入って友達と一緒に長野県の御岳までを巡るキャンプ旅行に行って、そこで山の魅力に目覚め、それ以降何回も山登りを経験されています。そのこともあり、長野県信濃美術館・東山魁夷館に作品を多く寄贈されています。魁夷さんにとって長野県の山というのは、自分の作品を育ててくれた重要な場所なんですね。 《緑溪》の季節はちょうど芽吹きだした頃、若葉が広がったそういう時期です。日本画の岩絵具の本当にきれいで鮮やかな黄色や、少し影になっている深緑の色が描かれています。私もずっと見ているわけではなくて、普段は印刷物を見ていますので、展示するときに久しぶりに開けて見ますと「こんなにきれいな色だったのか」と毎回思います。本当に日本画の発色のきれいな作品だと思います。

山木:
幽玄な感じとともに、穏やかな楽しい感じもこの絵の中に込められていますよね。

北地:
そうですね。魁夷さんは山奥を描くときに滝を書き込むことが多いのですが、瑞々しい感じがしますし、全体的に春のふわっとした大気の感じが出ています。

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