
日本郷土玩具館のサイドテラスは器関連のギャラリーショップ兼ミュージアムカフェ「柳とはりこ」として営業。自家製ジンジャーエールやアイスコーヒーは小谷栄次さん作の器で提供
穏やかに流れる倉敷川のほとり、
江戸時代の面影を残す白壁の建物が並ぶ
岡山県倉敷市の倉敷美観地区。
ここは、さまざまな手しごとを育む民藝のまち。
倉敷は民藝が息づくまち。倉敷美観地区には、民藝に触れることができるミュージアムやショップが点在しており、倉敷はりこなど、ここで生まれた民藝品もある。なかでも独特の味わいをもつのが「倉敷ガラス」。今から約60年前、小谷(こだに)真三さんが生み出したガラス工芸品だ。真三さんは6年前に引退し、その技法を息子の栄次さんが受け継いでいる。
「父はもともと、吹きガラスでクリスマスツリーのオーナメントをつくっていましたが、当時プラスチック製にとって代わられつつあり、ガラス職人を辞めて勤め人になろうと考えていたそうです」と話す。そこに「グラスを吹いてくれないか」という依頼が舞い込んだ。注文をしたのは「倉敷民藝館」の初代館長・外村吉之介(とのむらきちのすけ)。真三さんは「これが最後の仕事」と決めたが、運命とは面白いもの。その1個がもう1個になり、真三さんが生み出したガラス製品を、外村は「倉敷ガラス」と名付け、いつしか全国のコレクターが熱望する民藝へと育っていった。
一方の栄次さんは、高校で写真にはまり、芸大で写真を専攻。卒業後「写真家になりたい」という気持ちはあったが、23歳頃から吹きガラスの修業を始めた。「昼間は生活費を稼ぐためによそで働き、仕事を終えてから1、2時間練習をする。父は手取り足取り教えてくれることもなく、ただ黙って見守る。そんなやり方でしたね」と振り返る。ハードな日々が3年続き、4年目に自分専用の窯を構えた。そこで来る日も来る日も小鉢を吹き、10年目にようやく認められて独立した。
栄次さんは午前中に窯の火を入れ、時間をかけて原料を溶かす。日の暮れるころからガラスを吹き始め、1300度の熱風に対峙しながら数時間の過酷な作業にあたる。仕上がったガラス器は厚みや大きさが微妙に違い、歪みや気泡が生じているが、これが手しごとの味わいと喜ばれている。「窯の調子、体調、気候などの影響をモロに受ける作業。うまく吹けない日も多く、肉体的にも精神的にも楽ではない。それでも、喜んでくれる人がいるから続けられる」と背筋を伸ばす栄次さんだ。
倉敷ガラスの特徴は「小谷ブルー」と呼ばれる青。「父が最初に工房を構えた水島には飲食店が多く、そこで出てくる洋酒の瓶を溶かして出た色が小谷ブルーの原点」と栄次さん
吹き竿に息を吹き込む宙吹きガラスを基本に、真三さんが独自の技法を確立。通常は3つの窯を使い分けるが、倉敷ガラスは1つの窯ですべてを行う
普段つくる日常づかいのガラス製品から少し離れて、個展用に制作した瓶。装飾的ではあるが、使うものという視点は変わらない
※小谷真三さんの名前表記は箱書きに倣って眞三ではなく真三とした
今ではたくさんの古民家が活用されている倉敷美観地区。この建物はその第1号であり、伝統的建造物保存のきっかけとなったことでも知られている
「民藝」とは民衆的工芸を意味しており、器や家具など日常の暮らしで使われている品々を指す。美術工芸品とは一線を画するもので、つくり手は名もなき職人たち。大正時代、それらの品々に「用の美(用途に見合った美しさ)」を見出した柳宗悦(やなぎむねよし)が「民藝」という言葉を生み出し、後に仲間とともにその考え方を広める民藝運動を展開した。それに賛同したのが倉敷出身の実業家である大原孫三郎であることから、倉敷にはいち早く民藝の精神が根付いた。そんな民藝のまちの象徴とも言える「倉敷民藝館」は1948年、国内で二番目の民藝館として開館した。初代館長を倉敷ガラスの名付け親である外村吉之介が務め、江戸時代末期の米倉を改装した建物には、世界各国の民藝品約600点が展示されている。「堅牢な建物は松で骨組みをつくり、厚さ20もの土壁を施しています。多くの職人が力を合わせて生み出される建物そのものが民藝といえます」と説明するのは、学芸員の岩村菜々子さん。ほとんどの展示品・収蔵品は、外村が収集したもの。展示品の説明は最低限にしているが、これは情報に頼らず、ものの本質を観覧者が見極めてほしいとの考えからだ。
2025年11月30日までは企画展「ゆかいな食卓」を開催している。世界各地から集められた食にまつわる展示品は見ているだけでも楽しく、それぞれの食卓シーンが思い浮かんでくる。民藝が、本来のあるべき姿である身近な存在として心に残る。
ミュージアムショップには、倉敷ガラスをはじめとする全国の民藝が販売されている。ここでお気に入りを探して暮らしを彩るのも一興だ。
観光川舟がゆっくりと行き交う倉敷川に沿って歩き、「日本郷土玩具館」へと向かう。1967年に開館した私設ミュージアムで、敷地内には日本全国の郷土玩具を展示した「博物館」、玩具や雑貨の「ショップ」、クラフトやアートの展覧会を行う「ギャラリー」、日常づかいの器を提案する「サイドテラス」など多様な建物があり、じっくりと楽しめる。
住所/岡山県倉敷市中央1-4-11
TEL/086-422-1637
営業時間/10:00〜17:00
休み/月曜(祝日の場合は翌日、GWとお盆期間は開館)
入館料/入館料一般1,200円 高〜大学生500円、小〜中学生300円
駐車場/近辺有料Pあり
HP/
https://kurashiki-mingeikan.com
Instagram/
倉敷民藝館 Kurashiki Museum of Folk Craft
「民藝を取り入れた暮らしは、気持ちを豊かにしてくれます。私自身も自宅でさまざまな民藝品を使っています」と岩村さん。館内には腰掛けられる椅子もあり、民藝の世界に没入できる
かつて日本郷土玩具館の大賀紀美子館長と義父の政章(初代館長)は、自宅の蔵を活用したいと外村吉之介に相談。「郷土玩具を展示した博物館はどうか」と提案された。それまでに外村が収集していた郷土玩具を目にして、二人の気持ちは固まった。以降、全国の収集家や玩具作家を訪ねて、郷土色豊かな張子や人形、お面、だるま、雛人形、木の玩具などを集めた。郷土玩具は家族の愛情や子への慈しみ、神様や自然に対する祈りの気持ちなどが込められているもの。人々の暮らしと深い関わりがあり、これを展示した博物館は民藝のまちにふさわしい。また敷地内にはそれぞれに役割をもった建物があり、倉敷ガラスなどテーブルウェアを展示・販売しているサイドテラスは、不定期でカフェ「柳とはりこ」にもなる。アイスコーヒーやジンジャーエールは、小谷栄次さん作のコップで提供され、繊細な口当たりが心地よく軽やかだ。
住所/岡山県倉敷市中央1-4-16
TEL/086-422-8058
営業時間/10:00〜17:00
休み/閑散期の水曜、不定休 ※HPで確認を
入館料/大人600円、中〜大学生300円、小学生100円
駐車場/近辺有料Pあり
HP/
https://gangukan.shopinfo.jp
Instagram/
日本郷土玩具館カフェ 柳とはりこ
倉敷が天領だった時代から残る米倉を活用して、4つのギャラリー(博物館)を整備。表に掛かる看板は外村吉之介の揮毫(きごう)によるものだ。郷土玩具の展示数は1万点にも及ぶ
築200年を超える蔵をリノベーションした「地酒と郷土料理さわらや」は、店名の通りに鰆(さわら)料理が自慢。土・日曜、祝日限定で提供しているランチ「選べる2種のさわら小丼」は、たたき丼や西京丼、海鮮丼など鰆を使った6種の丼から好みのものを選んで注文する。鰆は春を告げる魚とも呼ばれるが、とろけるような食感はまさに春の味わい。倉敷の旅の途中にぜひ立ち寄りたい店だ。
住所/岡山県倉敷市本町3-12 あちの郷 B棟
TEL/086-427-7171
休み/無休
営業時間/17:00〜22:00(土・日曜、祝日は 11:30〜14:00、17:00〜22:00)
駐車場/近辺有料Pあり
HP/
https://motoya-united.co.jp/services/food/
Instagram/
地酒と郷土料理 さわらや
※掲載価格などは、変更される場合がございます。