
藍染は化学反応。渡邉さんは2年間かけてデータをとり、自身が理想とする染料の状態を追求した。藍で染まった手は、染師の誇りだ
江戸時代より、藍染料の一大産地であった徳島。
時代の流れのなかで廃れつつあった
藍のサイクルを甦らせるために
奮闘する人とその応援団の物語。
「Watanabe's」の渡邉健太さんは山形県出身。藍染との出会いは13年前、東京で貿易の実務に就いていたときだ。「休日に藍染体験をして、ものすごく惹かれたんです。藍を生業(なりわい)としたいと考えました」と振り返る。会社に辞表を出し、自分を受け入れてくれる工房を探し、手当たり次第にアタックするも全て断られた。ファストファッション全盛期、「手間暇のかかる藍染で食っていくのは無理だよ」と諭されたりもした。そんななか、業界の現状を教えてくれたのは東京郊外にある工房。そこで耳にしたのは、藍染の染料となる蒅(すくも)が足りていないという話。
藍染には、植物の藍(タデアイ)を育てる農家など多くの人の手がかけられている。収穫した藍は裁断して、葉と茎に選別し、色素を含む葉だけを乾燥させる。この葉藍を約4ヶ月間かけて発酵させ、蒅へと仕上げるのが藍師の仕事。水を打ち、よくかき混ぜてを定期的に繰り返すことで発酵を進める。
出来上がった蒅は、染師の手に委ねられる。蒅をただ水に溶くだけでは、染色はできない。染料液にするためにはアルカリの環境で発酵させる必要がある。そこで用いられるのが木灰(もっかい)汁。木灰に熱湯を入れてできた上澄みを使用し、さらに蒅を加える。こうして藍染料をつくることを「建てる」と呼ぶ。藍建ては材料を混ぜれば終わりではなく、温度管理はもちろん、液のアルカリ環境を整えて発酵を促していくことが大事。ここまでして、ようやく染めることができる。
少なく見積もっても農家、藍師、染師などの専門家が必要であり、3月の種まきから蒅が完成する翌年の2月まで、時間も手間もかかる。徳島県は江戸時代から藍の栽培が盛んで、品質の良い蒅を全国へと出荷していた。ある意味分業であるからこそ、それぞれの工程の完成度や効率が高められたのであろうが、近年はそのバランスが崩れていた。渡邉さんが東京の工房で聞いたように、藍農家や藍師の激減により、蒅が手に入らない状況が続いていたのだ。そのため助剤に化学薬品を使用したり、そもそも合成藍を使うことも増えていた。「藍の栽培から染めまで、すべてに携わりたい」と考えた渡邉さんは2012年、徳島県上板町の地域おこし協力隊に就任。藍産業の振興をミッションとしつつ、藍栽培や蒅づくりに取り組んだ。
地域おこし協力隊員としての活動を終えた渡邉さんは、2015年に仲間と藍のブランド「BUAISOU.」を結成。海外進出し、一流ブランドとのコラボを果たすなど成功を収めたが、渡邉さんの心に迷いが生じ始めた。「本当に自分がしたいことは何なのか」。自身に問いかけ、徳島の藍畑こそが原点だと確信した渡邉さんは、養豚場で働かせてもらいながら畑を借り、工房をつくって2018年にWatanabe'sを立ち上げた。彼の仕事は、旧知の養豚場から譲ってもらった有機堆肥で土をつくり、薬剤を使用しない藍栽培から始まる。収穫し選別した葉藍を100日以上かけて蒅にし、木灰汁や貝灰、麩(ふすま)を用いて藍建てを行い、布を染めることで完結する。
「染めばかりをやっていると思われがちですが、農業や蒅づくりに費やす時間が圧倒的に多い。体力勝負の過酷な作業ですが、これこそが僕のやりたかったこと」とほほ笑む。そんな彼を慕って、北海道など各地から若手もやってきた。最近は藍染を知ってもらいたいと、天然灰汁発酵建ての「染藍建てキット」を開発。講習会や動画配信により、「阿波藍」をより身近なものにするために奮闘中だ。
藍色は48種類もあると言われ、藍白(あいじろ)から留紺(とめこん)まですべてに名前が付けられている。また藍で染めた衣類は防虫や消臭、保温などの効果があり丈夫。その魅力を伝え、かつてのように藍製品を日常づかいにすることが渡邉さんの目標だ。
住所/徳島県板野郡上板町瀬部314-10
TEL/050-1388-7098
染色の依頼、染色体験の受付はHPから
(電話対応は10:00〜17:00)
休業日/不定休
駐車場/あり
HP/
https://watanabes.jp
Instagram/
Watanabe's
しじら織の生地を渡邉さんが染め、仕立てた阿波藍の暖簾。シボと呼ばれる凸凹のある生地に藍の色がよく馴染む
大阪の大学を卒業後、徳島にUターンし、インテリアショップの店長として勤めていた東尾厚志さん。いつしか彼はトレンドや数字を追いかける日々にジレンマを抱えていた。「売っている商品も、早々に消費されてしまうことが目に見えている。なんだかしんどくなってね(笑)」。元々民藝や生活雑貨が好きだったこともあり、「愛着をもって、長く使えるものを提供したい」と退職して独立。距離も時間も飛び越えて、つくり手とつかい手を結びつける店を開いた。
「セレクトショップと呼ばれることには少し抵抗がある」と東尾さん。自分の足で、自分の目で、長い付き合いのできるつくり手と縁を結び、その人のつくるものを販売するという意味ではセレクトショップなのかもしれない。だが、東尾さんの話を聞けば、つくり手との間にはもっと深い関係性があることがうかがえる。「いいものをつくっているというのは大前提」と前置きしながら、「その上でつくり手の人生に責任をもつというか、ずっと一緒に歩んでいこうという覚悟がもてることが大切なのかもしれない」と話す。
そんな風に一緒に歩んでいるつくり手の一人が、Watanabe'sの渡邉さん。彼が地域おこし協力隊員をしていた頃から付き合いが始まり、徳島県藍染研究会の仲間としても共に活動中だ。店内には渡邉さんが染めた生地で仕立てた暖簾があり、「染藍建てキット」のワークショップも開催。「僕もキットを使って藍建てに挑戦しました。気温の影響を受けて発酵が上手く進みませんでしたが、なんとか染められるようになりました」。
長く愛着をもって使えるものたちに囲まれた店内は心地よく、カフェとしても営業している。「実際使ってみないと、器の良さは分からないから」と、その日藍染のコースターに載せていたのは「やちむん」のマグカップ。「ものではなく暮らし方を提供する、そんな場所でありたい」という東尾さんの言葉を、心から理解することができた。
住所/徳島県徳島市上八万町樋口266-1
TEL/088-612-8800
休業日/木・金曜
営業時間/12:00〜19:00
駐車場/あり
HP/
https://www.ochicochi.info
Instagram/
遠近 をちこち
カレープレート(M)は1,200円、写真はあいがけで100円。インドの揚げパン「バトゥラ」もついてくる
遠近の東尾さんが、「カレーの美味しい店」と教えてくれたのは「アワシャンティ」。店主の有吉裕之さんはインド人の料理研究家に師事した後、埼玉県でインド料理店を開業した。その後、東日本大震災を機に、徳島へと移住。当初は自然農※に挑戦し、慣れた頃にマルシェでインドカレーを販売したところ売れ行きは上々。2020年に店を開いた。無投薬飼育の阿波すだち鶏や阿波金時豚を使い、スパイスは20種以上、配合もメニューによって変えている。「徳島の豊かな食材を活かしたい、その想いでカレーに向かい合っています」と話す。カレーづくりはもちろんだが、「お客さまとのふれあいが何より楽しい」と有吉さんは話す。
※農薬や化学肥料などを使わず、耕さず、草や虫と共存する農業。
住所/徳島県阿波市土成町土成南原320-2
TEL/090-6799-9949
休業日/月・火曜
営業時間/11:30〜17:00
駐車場/あり
Instagram/
インドカレー販売 アワシャンティ
美馬市脇町は、国の伝統的建造物群保存地区に認定された「うだつの町並み」で有名。「うだつ」は防火のためにつくられる袖壁のことで、裕福な家の象徴であることから、「うだつが上がらない(地位や生活がパッとしない)」という言い回しが生まれた。「みんなの複合文化市庭
うだつ上がる」は、大阪出身の建築家・高橋利明さんが2020年に開いた。建物には渡邉さんの藍染など高橋さんが選んだ地場のモノが並ぶショップやブックストア、シェアカフェ、コワーキングスペースなどがあり、「地元の人と旅の人、こだわりなく交流し、何かが生まれる場所に」という高橋さんの想いを体現した施設となっている。彼自身の設計事務所が入居しているのも面白い。
高橋さんはその数軒先に、「あがるどーなつ」を開業。地元出身のパティシエがつくる、特産品の和三盆を使った生ドーナツは食感が最高。古民家をリノベーションした店舗の軒先では、渡邉さんが染めた暖簾が手招きをするようにはためいていた。
「うだつ上がる」では、衣類やファッション小物などWatanabe'sの商品を常時販売
住所/徳島県美馬市脇町大字脇町144
休業日/火・水曜
営業時間/11:00〜17:00
駐車場/近隣Pあり
Instagram/
あがるどーなつ | うだつぱん
住所/徳島県美馬市脇町大字脇町156
TEL/050-3433-8218
休業日/火・水曜、不定休
営業時間/11:00〜17:00
駐車場/近隣Pあり
Instagram/
-みんなの複合文化市庭-うだつ上がる@徳島
※掲載価格などは、変更される場合がございます。