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せとうち島めぐり

沖の島 おきのしま

高知県宿毛(すくも)市

透き通る碧い海に囲まれた石垣の島

高知県宿毛市の南西約24kmに浮かぶ沖の島。四国と九州の間、瀬戸内海から太平洋へと抜けた黒潮が通る位置にあり、日本屈指の釣り場やダイビングスポットとして知られています。もちろん、のんびりと島を散策するのもおすすめです。

2025年から貸出しが始まった次世代EV「グリーンスローモビリティ(グリスロ)」に乗り、透明度が高く碧い海を眺めながら海岸通りをドライブしたり、情緒的な石垣が連なる集落を縫うようにお散歩したり。島内には熱帯・亜熱帯に生育するアコウの木が至る所に自生し、市の天然記念物に指定されている大木も見られます。

沖の島は、鎌倉時代頃に幕臣だった三浦新助則久とその一族が移り住み、定住が始まったそう。集落は北西に「母島(もしま)」、南西に「弘瀬」がありますが、その間にはかつて国境がありました。戦国時代に母島は伊予国(後に宇和島藩)、弘瀬は土佐国(後に土佐藩)となり、明治になるまで別の領地として存在していたのです。

島の人曰く、「今も母島と弘瀬は言葉や人の性格が違う。集落の景観も全然違うよ」とのこと。意識して見てみると、母島は谷間を中心にギュッと集落がまとまり、赤味の石を使った石垣や石段、ベンガラ塗りの家壁、瓦屋根が多く見られます。

弘瀬は、港から山の中腹にかけて、白味の石垣が城塞のように組まれ、その上に家々がみっちりと建っています。白い家壁も多く目立ち、土佐様式の影響だと言われています。石垣や石段の石には島の花崗岩(かこうがん)が利用されていますが、集落で石の色が違うのは、風化の具合が違うからという説があり興味深い。

弘瀬の集落で、井戸端会議中のおばあちゃんたちに「ここ座りなさい」と言われ、おしゃべりに混ぜてもらいました。お手製おにぎりやお菓子、ジュースまで分けてもらい、あたたかい時間を過ごしました。沖の島では、美しい白石が広がる久保浦海水浴場や島内最高峰(標高約408m)の妹背山ハイキングなども楽しめますよ!

母島の集落は、港を中心にぎゅっと密集している。
母島の集落は、港を中心にぎゅっと密集している。
島へのアクセスは…宿毛市片島港から船が1日2便運航している。
島へのアクセスは…宿毛市片島港から船が1日2便運航している。

トリセツ

白岩岬公園キャンプ場
白岩岬公園キャンプ場
母島と弘瀬の間に、太平洋に突き出した断崖絶壁の白岩岬があり、キャンプ場が整備されています。展望台では270度のパノラマが広がり、そこから眺める大海原は一見の価値あり。夜は星空鑑賞にもおすすめの場所として知られています。また、沖の島は環境省により足摺宇和海国立海域公園に指定されています。
貝の古場のアコウ
貝の古場のアコウ
島内には南方系の植生が多く見られ、その代表がアコウの木。「貝の古場のアコウ」は、根回り6.8m、高さ10m、枝は南や東へ10m程と市内最大級の大きさ。1969年に市の天然記念物に指定されました。幹の空いた穴の中にお地蔵様が奉られており、そのため伐採されずに残ったのではと言われ、今も大切に守られています。
弘瀬の集落
弘瀬の集落
沖の島に最初に定住した三浦一族は、初代三浦新助則久から8代まで仏ヶ峠に居住していましたが、9代目から弘瀬に移り住みました。今も島の人たちから「ご先祖様」と呼ばれているそうです。弘瀬には飲食店や土産物屋はありません。定期船は、母島と弘瀬にそれぞれ寄港します。電動自転車などの貸出は母島の「旅館おきのしま」のみ。
小林 希さん

取材・写真・文 小林 希さん

旅作家・元編集者。著書に『週末島旅』(幻冬舎)や『週末海外』『大人のアクティビティ!』(ワニブックス)など。2014年に広島(香川県)で島の有志と『島プロジェクト』を立ち上げ「ゲストハウスひるねこ」をオープン。2019年に(一社)日本旅客船協会の船旅アンバサダーに就任。産経新聞などで連載中。

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