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情報誌「瀬戸マーレ」

うみかぜ紀行

並ぶより走れ小さな島目指して

玉岡かおる・文

町を歩けば、並んでる並んでる。おいしいラーメン、おいしいケーキ。今や、店に「行列ができる」というのがおいしさの目安のようだ。けれど短気な私は待てなくて、評判の店でも、ふうん、とやせ我慢。行列を横目に通り過ぎるのがおちだった。

なのに、週に二回しか買えないパンを買いに行こう、と友人が誘う。思わず「並ぶの?」と聞き返したのは当然である。なにしろおいしいものには目がない食いしん坊。しかし彼女は笑顔で答えたのだ。

並ばないよ。でも、走るのよ、と。

それがしまなみ海道へのドライブへ私を連れ出す理由だった。

青い海、沖ゆく船、緑の島と本土を線で結ぶ巨大な橋。そんなダイナミックな風景の中、瀬戸内海に浮かぶ大島へと車を走らせる。その最終目的が、海の恵みのとれとれの魚ではなく、パンだとは。

いわく、天然酵母で作って石窯で焼き上げた、安全でおいしいパンなのだという。手作りだけに大量生産はできず、遠方へのネット販売は週に一回となるそうだが、現地のお店に行けば、焼きたてパンが買えるチャンスはふえるわけだ。

しかし、行ってみて驚いたのは、パン屋を営むご夫妻の生活観。阪神淡路大震災を機に、神戸から離れ、もろい都市の便利さよりも田舎暮らしの充実を選んでこの島に来た。都会で狭い家を買うより、理想の邸宅がここでは造れる。なにより、降り注ぐ太陽の光と風がおりなす海辺は、子供たちを育てるにも最高の地だったのだ。

むろん、移り住んでの苦労もあったろう。それでも、せわしない都会とは違い、自分たちのペースを時計にして、無理せず、焦らず、パンを焼く。そんなスタイルのあることを、はるばる求めたパンが問題提起してくれた。

帰りの道は、橋の長さが、行列したのにも匹敵する時間をおしえるのだが、それすらパンの味付けだ。島と島とをつなぐ橋梁は、文明と自然、便利さと不便さ、安全と危険 ー そんな、相反するものの価値を計らせてくれる天秤棒のようにも思われた。

PROFILE

玉岡かおる
作家。兵庫県在住。1989年、神戸文学賞受賞作『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)でデビュー。著書多数の中、『お家さん』(新潮社)で第25回織田作之助賞。文筆のかたわら、テレビコメンテーター、ラジオパーソナリティなどでも活躍。
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