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うみかぜ紀行

進水式は晴ればかり

玉岡かおる・文

それはとてつもなく大きな船だった。

港にそびえるような存在感をずしっと示す赤いボディの、幅も、高さも、そして長さも。

因島の造船所で何年もかけて建造されていた巨大フェリーが、その日、進水式を迎えるのだ。大勢の見学客にまじり、私も儀式を見守らせてもらえることになった。だが、大きすぎて、写真を撮ろうにも全体が収まらない。

なにしろ七.七万トンという数字は日本で建造される船の中でも最大級。積載される車の数は七千台!マンション一個分と言っても大げさでない。陸にあるうちは支綱というロープで繋がれ、トリガーという装置で留められているから、建物と区別もつかないのだ。

因島は、かつて村上水軍が跋扈したという水域にあり、向かいに緑の島が見えると思っても地続きの入り江だったり、こっちの丘とつながる山と思っていたら違う島だったり。複雑な様相を見せる海岸線は、大自然が創出した、もっともゆたかな風景であろう。

その凹凸を活かして、造船所は立地する。入り江のふところ深く、嵐からも守られて、穏やかな海面に突き出すクレーンの数々。

たしかに大自然の造形は偉大だが、人間の力もたいしたものだと誇らしくなる。

進水式では、船に「ORION HIGHWAY」と命名する儀式が行われた後、いよいよ支綱が切られ、巨体が海へと滑り出していく。

シャンパンが割れ、くす玉がはじけて、色とりどりの紙テープや紙吹雪が宙を舞う。それはもう、たった数分間の、世界最大のショー。勢いよく海へと滑り込んだ船がみごとに勇姿を浮かべた時、ただ夢中で拍手するばかりの自分がいる。島国日本で生まれた者にとって、船はあらゆる可能性を具現化した、見果てぬ夢であるのだろう。

見上げれば、空は、晴れ。天気予報では、雨になるかと心配させられたのに一安心だ。

聞けば、進水式では、めったに雨にはならないという。きっと瀬戸の海や島に宿る神々が、よくぞこれだけのものを造ったと、人のけなげな努力と技を、愛でて下さっている。そう信じられるからこそ引き継がれてきたジンクスに違いない。

海があり、人がいて、船が行く。そんな雄大なドラマの舞台、瀬戸の海は、快晴の空を映してどこまでも明るかった。

挿絵

PROFILE

玉岡かおる
作家。兵庫県在住。1989年、神戸文学賞受賞作『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)でデビュー。著書多数の中、『お家さん』(新潮社)で第25回織田作之助賞。文筆のかたわら、テレビコメンテーター、ラジオパーソナリティなどでも活躍。