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うみかぜ紀行

永遠のレモンジェラート

玉岡かおる・文

ひさびさの休暇に、女友達と二人、私の車で愛媛にロングドライブに出た。途上、しまなみ海道をストレートに走りきるだけではもったいないので、行き当たりばったり、途中の島で降りようと相談がまとまる。
「そうね、レモンの島、生口島ってどう?」
「うわ。ジェラートなんかありそうね」

期待はつのり、お喋りも盛り上がる。

ところがうっかり、出口のインターチェンジを見落としてしまった。ナビは我々がまだ生口島にいることを示しているが……。
「このままだと四国に上陸しちゃうかもよ」

それはまずい。ともかく走るのはやめ、次のサービスエリアで停まって考えよう。

そこは下りの瀬戸田PA、島と海の眺望は絶品だが、トイレと自販機があるだけで、もちろん、ジェラートなんか売ってない。

ふと首を巡らせば、反対路線の建物に、まぶしい「FOOD&SHOPPING」の看板が。きっとあそこなら、あるぞ、ジェラートが。

だがどうすれば反対車線へ行ける?

駐車していたツーリング中のバイクのおじさん達なら詳しいだろう。訊いてみる。
「反対側に? 徒歩なら、そこの歩道を降りて、下から回れば渡れるかもしれないな」

うーん、そんな面倒な回り道をする気はないしなあ。しぶしぶあきらめ、自販機でお茶を買う。まさにお茶を濁す、とはこのことか。

しかし一度インプットされた食べ物は、満たされるまで忘れないもの。帰りにふたたびここを走る時、今度こそ行くぞ、あの「FOOD&SHOPPING」へ、と心に誓う。

はたして帰路は、あかね雲に夕凪の海。色彩の変化に満ちたしまなみ海道は、通行料金以上に得した気分だ。だが、あの店はまだ開いているか? そのことばかりが気にかかり、まっしぐら。それはもう、執念に近い。

とっぷり日暮れた午後七時、はたして、営業中の灯が見えた。私たちは駆けつけでレモンラーメンとレモン豚しゃぶうどん、それにじゃこ天カツを注文。むうー、美味いです。

あれ? ジェラートは? 気づいたのは満腹を抱えてふたたび走り出してからだった。

まあいい、妄想の中のレモンジェラートはますます輝き、あの島へと我々を呼ぶ。

挿絵

PROFILE

玉岡かおる
作家。兵庫県在住。1989年、神戸文学賞受賞作『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)でデビュー。著書多数の中、『お家さん』(新潮社)で第25回織田作之助賞。文筆のかたわら、テレビコメンテーター、ラジオパーソナリティなどでも活躍。