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今治城

現在の天守は再建された模擬天守。創建時は五層天守で各階を順次小さくして積み上げる史上初の層塔型(そうとうがた)だったとされている。構造が単純で容易に建てることができた。

愛媛県今治市
城づくりの手本になった日本屈指の海城

今治城

瀬戸内海に面した海岸に築かれた今治城は、築城の名手・藤堂高虎の最高傑作といわれる海城。
四角形のシンプルな形で、機能性を重視したアイデアが盛り込まれている。

海と一体化し、政治・経済の拠点に

今治城を目指して海岸へ向かう。見えてきたのは幅広い堀に囲まれた四角形のシンプルな城。城というと複雑に入り組んだイメージがあったから正直意外だった。しかしこの形こそ今治城最大の特徴だ。

築城したのは、数多くの城の建設、改修を手がけた藤堂高虎。関ヶ原の戦いで功績をあげ、伊予国(愛媛県)の約半分の領地を与えられ、その拠点に選んだのが今治の海岸部に広がる砂丘地帯だった。砂丘だから地盤は脆弱で、城の重さに耐えられる固い地盤をわざわざつくらなければならない。しかしこの場所でなければ実現できない目的があった。瀬戸内海交通の要衝である来島海峡を監視すること、家臣を集住させ、城下町を展開して政治・経済の拠点にする広い敷地を確保すること。四角形は城内のスペースを広く使え、築城工事を容易にできる形だったのだ。

その反面、シンプルゆえに守りを固める必要があった。そこで海水を引き入れて3重の堀で囲み、石垣を高く積んだ。現在残っている内堀と石垣はほぼ当時のもので、最大13mもの高さがある石垣を砂の上によくつくったなと感心する。城内に港を設け、海へ直接出られるようにしたのもアイデアだ。現在は今治港として使われている。

さらに城の出入口である「虎口(こぐち)」を枡のような四角形の空間にし、敵を誘い込んで封じ込める構造にしたのも今治城が初めてだった。明治の廃城令で建物はすべて取り壊されたが、高虎が今治城で見せた数々の工夫は、その後の城づくりの手本となった。

今治城は1602年(慶長7年)に起工し、1607年(慶長12年)頃にほぼ完成。柔らかい砂地の上に高石垣の郭(くるわ)を築いた。石垣のまわりにある細長い平地「犬走り」は地盤強化の工夫と考えられる。
白い結晶質石灰岩(大理石)や花こう岩など近くの島で採れた石を石垣に使用。なかには貝が付着しているものも。
復元された枡形虎口に立つと3方から見られているのを感じる。目立つ場所にある大きな石は城主の権威の象徴。
武将なのに甲冑はつけておらず、平服で築城の指図をしている姿を銅像にしているのが藤堂高虎らしい。
正保今治城絵図(今治城蔵)
四角形の形で海につながる3重の堀があったことがわかる。中心の四角く囲まれた場所が現在の今治城。
模擬天守からかつての城下町を一望。今も町割りはそのまま残っている。
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いざ天守へ!
豊富な甲冑コレクションは必見

天守の内部は歴史資料館になっていて、武具、書画、朱印状など今治藩や久松松平家の史料が展示されている。
なかでも甲冑がたくさんあり、装飾性の高いものから足軽用の簡素なものまで違いを楽しめる。
自然科学館もあり、今治城に生息する貴重な動植物を学べるのが興味深い。
6階の展望台からは市街や瀬戸内海を見渡せ、ちょっとした殿様気分に浸れる。

革黒漆塗仏二枚胴具足(かわくろうるしぬりほとけにまいどうぐそく)
江戸時代
甲冑は武将たちの身を守るためのものだが、頭部につける兜は防具の意味以上に目立ち、地位や威厳を誇示するためのものだった。角をつけたり、髭をつけたり、装飾性の高い兜に武将たちの個性が表れる。
鉄黒漆塗菱綴桶側五枚胴具足(てつくろうるしぬりひしとじおけがわごまいどうぐそく)
江戸時代初期
初代藩主松平定房が着用した甲冑。厚鉄(あつがね)の兜と胴甲(どう)の胸板・立挙(たてあげ)などが通常より広く、防御力に優れている。これは実戦を想定した甲冑だが、胴甲以外のパーツを交換して、儀礼用の甲冑に交換できるようになっている。手の甲の部分には久松松平家の家紋である星梅鉢紋がある。
鉄黒漆塗五枚張長烏帽子形兜(てつくろうるしぬりごまいばりながえぼしなりかぶと)
江戸時代
右の実戦用の兜と比較すると装飾されていて華やか。藩の儀礼などの公式行事で使用されたものと思われる。
革黒漆塗桶側二枚胴具足(かわくろうるしぬりおけがわにまいどうぐそく)
江戸時代
鉄黒漆塗御貸具足(てつくろうるしぬりおかしぐそく)(今治藩所用)
江戸時代後期
下級藩士は自前の甲冑を所有することができず、藩は日頃から簡素な甲冑を保有し、いざというときに貸し与えた。
藤堂高虎像 江戸時代
高虎は身長六尺二寸(約188㎝)、体重三十貫(約113㎏)と当時の人間としては非常に大柄だった。築城の名人といわれたが、そこにはもともと才能があったことに加え、豊臣秀長・秀吉、徳川家康と主人を変えながら最先端の技術を吸収し、たくさんの城を任され経験を積むことができたからだと考えられている。肖像画に描かれた旗印の「白餅」は「城持ち」を意味する言葉遊びのおまじないになっている。
「今治城AR」アプリを利用すれば、6階の展望台から江戸時代の今治城下の風景をCGで360度見渡せる。現在の風景と見比べられるのが面白い。
DATA

所在地/愛媛県今治市通町3‐1‐3
築城年/1602年(慶長7年)
開館時間/9~17時
休館日/12月29~31日
観覧料/一般520円, 学生260円, 高校生以下または18歳未満無料高齢者(65歳以上)420円
連絡先/0898‐31‐9233
駐車場/あり

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城下町にある江戸時代から続く和菓子店

あわびや餅店

城下町のメインストリートだった本町通りにあるあわびや餅店は、江戸時代から続く老舗和菓子店。家族経営のあたたかなお店で、みかん餅、草餅、紫芋餅、バター餅など種類豊富な手づくり餅が並ぶ。一度は味わいたいのが塩餅。砂糖を一切使用せず、塩のみで味付けしたあんは、最初は違和感があるもののやみつきに。「柔らかくてコシがあるのはもちろん、噛んだときにじゅわっと広がるみずみずしさを大切にしています」。売り切れることもあるのでお早めに。

DATA

住所/愛媛県今治市本町4丁目1-4
TEL/0898-22-1384
営業時間/8:00〜18:30
定休日/月・火曜日
料金/塩餅(5個入り)350円、バター餅(5個入り)250円、あん餅詰め合わせ(5個入り)350円など
駐車場/あり


お殿様ゆかりの馬に会いに行こう

のまうまハイランド

野間馬は日本最小の在来馬で、今治城のお殿様が戦に使用するための馬を育てようとしたことが始まり。その姿を楽しめるのが、のまうまハイランドだ。園内には放牧場や小動物とのふれあい広場、遊具などがあり、遠足気分でのんびり過ごせる。3歳~体重25㎏以下のお子さんはぜひ乗馬体験を。繁殖を行っていて、赤ちゃん馬の愛らしい姿に出会えるチャンスもある。

DATA

住所/愛媛県今治市野間甲8
TEL/0898-32-8155
営業時間/10:00~17:00
定休日/火曜日(祝日の場合は翌日)・年末年始
料金/無料 ※一部有料(乗馬、小動物ふれあい)の施設があります。
駐車場/あり

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