ホーム > 瀬戸マーレ vol.47 > うみかぜ紀行

うみかぜ紀行

世界の町に行けなくても

玉岡かおる・文

お城、と聞けば目が輝き、胸が高鳴る。そう、私は大のお城好き。お城のおかげで小説家になったと言っても過言でないほど、お城でズブズブ歴史に惹かれてしまったのだ。

お城は何を語るでもなくそこにあり、なぜそこにあるのか、誰がいたか、顔も見知らぬ武者たちへの想像をふくらませてくれた。

おかげで全国、どんな地でもどんな規模でも、お城と聞けば訪ねていくのが私の旅のスタイル。むろん国内だけにかぎらない。

海外でも、フランスやドイツの湖畔や川べりにたたずむ古城めぐりは早くから旅の目的になった。王族や貴族の居城に限らず、砦や出城というのもこの範疇に入る。ウイーンのシェーンブルン宮殿やベルサイユのプチトリアノン、スコットランドのエジンバラ城など、欧州の絢爛たる名城は言うにおよばず、北京の紫禁城や、インドのアグラ城などアジアの皇帝たちのスケールの大きい宮殿も。

印象に残るお城を並べていったらきりがないが、ではどこのお城が一番好きか、そう尋ねられたら、ちと悩む。

子供の頃から遊び場が戦国時代の城跡で、しかも近隣に国宝姫路城があったため、妙に審美眼が肥えてしまったのは幸か不幸か。

ロアール川ぞいの瀟洒(しょうしゃ)なアンボアーズ城を訪ねても、山上にそびえるホーエンザルツブルグ城を見上げても、つい、わが白鷺城と比べては、勝った負けたと美しさを競い合ってしまうのは悲しいさがだ。

しかし現在、兵庫県朝来市の観光大使をおおせつかっている身としては、やはりこの地の城をどこより推したい。そう、朝来市といえば「天空の城」としてすっかり有名になってしまった竹田城があるまちだ。空気が冷涼に澄む秋口以降、城のある山が雲海に包まれ、えもいわれぬ幻想的な光景になるのである。

当然、私も何度も登っているが、雲海で有名になったのはそう古い話ではない。私が子供の頃には、急峻で長い道のりゆえに訪れる人もさほど多くはなかった。城跡には一面のススキが陽を受けて白銀の穂をなびかせ、むしろその輝きこそが歴史の無常と自然の不滅を感じさせたものである。

だがこれほどの人気、一度は見ておきたいと考えるのは人情だ。先日、朝来市長にお目にかかった時に詳しく伺ってみた。

雲海の城を見るには、ポイントが複数あるのでどのルートで行くか絞ること。そして早朝、夜明け前から山道を登り、七時半頃まで待つのである。ただし雲海は自然現象ゆえに、必ず発生するとは限らない。その時の運しだい、とのことであった。ちなみに市長もこれまで十回上って雲海を見たのは四回とか。気象データでは一ヶ月中5割の発生率というからなかなかの確率なのだが――。

うーむ。と、無精な私は考えた。自然現象はたしかに偉大な演出家だが、主役はあくまでお城。春の芽吹き時や夏草の茂る季節、紅葉の頃と、いつ訪ねたとしても、お城はみごとに融和して、流れるものと残るもの、この世の摂理を示して見せてくれるはず。だからこそ、お城は我々を魅了してやまないのだ。

挿絵

PROFILE

玉岡かおる
作家。兵庫県在住。1989年、神戸文学賞受賞作『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)でデビュー。著書多数の中、『お家さん』(新潮社)で第25回織田作之助賞。文筆のかたわら、テレビコメンテーター、ラジオパーソナリティなどでも活躍。