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NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町

フロントと客室を兼ね備えた「OKI」は、かつて木蠟で財を成した豪商・村上氏の邸宅を活用。敷地面積は1,000坪を超えている

愛媛県 大洲市(おおず)

第一章
肱川(ひじかわ)のほとりの宿と
名建築を訪ねて

加藤家六万石の城下町が世界に誇る観光地へ

周囲を山に囲まれ、一級河川・肱川がゆったりと流れる愛媛県大洲市は、古き良き時代の風情をそこかしこに感じられるまち。特に中心部の肱南(こうなん)地区は、加藤家六万石の城下町として栄えた当時の面影が色濃く残っている。そんな大洲市に新しい風が吹き始めたのは2020年7月のこと。四国初となる「NIPPONIA」、NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町が開業したのだ。「NIPPONIA」は、各地域の古い町並みや建物をその地域にふさわしい手法で再生し、宿泊施設や店舗として活用するというプロジェクト。全国各地で展開しており、そのエリアの歴史も含めて魅力を味わうことができると話題に。なかでも官民一体となってプロジェクトに取り組んだ大洲市は、成功例となっており、オランダの国際認証団体が選ぶ「世界の持続可能な観光地 文化・伝統保全部門」で1位に輝いた。大洲市は、世界的にも注目を集めているのだ。

藩政時代の町割りが残っている肱南地区の志保町(しほまち)、比地町(ひじまち)界隈をそぞろ歩く。江戸時代から昭和初期にかけて建てられたという武家屋敷や町家に、白地にロゴを染め抜いたのれんがはためいている。これが「NIPPONIA HOTEL」の目印だ。「現在、市内には全26棟31室の宿泊施設があります。すべて貸し切りスタイルで、それぞれ建物が刻んできた歴史を生かした修復が施されています」と説明するのは、スタッフの伊藤未来さん。専用の中庭がある棟、ペットと一緒にステイできる棟、土蔵を居心地よく改装した棟など、それぞれに個性がある。何より素晴らしいのは、どの建物も単に和の趣が味わえるというのではなく、かつてそこにあった営みが記憶されていること。「いま」の大洲市にいるのに、「過去」にも滞在しているような不思議な感覚を味わうことができる。温故知新を体現したかのような宿泊体験は、海外客からも好評だ。

かつて酒店として日常を支えてきた商家を修復した「ZUMI」。檜風呂がある一棟貸し切りの部屋。中庭もあり開放的だ
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城下町の歴史とまちを愛する人たちが礎に

市内に価値ある古い建物が多く残っている理由のひとつは、この地域資源の豊かさにある。藩内では木材や和紙、焼物、生糸、木蠟(もくろう)などが生産されており、肱川に40以上も設けられていた河港から荷出しされ、瀬戸内海を経由して消費地へと届けられた。肱南地区の東端の塩屋町は、生活や産業に欠かせない塩の商いをした場所。現在は志保町と名を変えている。界隈は映画やドラマのロケ地としても人気を馳せた。古いところでは1966年に放映されたNHKの連続テレビ小説『おはなはん』。当時、平均視聴率45%以上という驚異の数字を叩き出したことから、大洲市には多くの観光客が押し寄せた。志保町の一角にある100mほどの通りは、今も「おはなはん通り」と呼ばれている。志保町もそこから続く比地町も、戦災を免れたことにより、その姿を今に留めている。加えてまちや建物を愛する人たちの力も大きなものであった。

そのひとりが、一般社団法人キタ・マネジメント企画広報係の伊賀綾乃さん。「古い建物が住み手を失って寂れたり、取り壊されたりすることに危機感をもっていました」。伊賀さんらが所属していたグループは、無住の建物を清掃し、イベントを実施。こうした取り組みが「NIPPONIA HOTEL」へと結びついた。現在も大洲市と(一社)キタ・マネジメント、「NIPPONIA HOTEL」を運営する株式会社バリューマネジメントの3者は強固なタッグを組み、このまちの魅力創出と発信に力を尽くしている。

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戦災を逃れた大洲市には明治の町並み、「おはなはん通り」など歴史的な建造物が残されている。その一部の建物をホテルや商業施設にした
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じっくり歩くことで深まるまちへの親しみ

界隈には、町家や古民家を修復した飲食施設やショップも目に付く。コーヒースタンドに立ち寄ったり、雑貨を手にとったり、ゆっくりとまち歩きを楽しむ。「それこそが狙い目なんです」と伊賀さん。点在する施設を訪ね歩くうちに、知らず知らずにまちとの親しみが深くなっていくのだ。

これは宿泊客も同様。通常、宿泊施設はワンストップサービスが基本だが、「NIPPONIA HOTEL」は分散型ホテル。チェックインはフロント棟で行い、手続きを済ませたら散策をしながら宿泊棟に移動。食事の際にはレストラン棟へ足を運ぶ。途中、まちの人と出会い、思わぬ情景と出会う。その小さな発見により、まちへの愛着は深まっていく。

宿泊施設の増床は順次行われ、昨夏、茶舗だった建物を活用した「TOKI」、ペットとステイできる「MOTO」など4棟がお披露目された。ちなみに「TOKI」は九代泰候(やすとき)、「MOTO」は十代泰幹(やすもと)と、客室名は大洲藩歴代藩主の名に由来。ここにも城下町の歴史への敬意が感じられた。

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大洲城のお膝元にはフレンチの創作料理を提供するレストラン「ルアン」などが整備されている
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昨年新しく仲間入りをした客室を中心に案内してくれた伊藤未来さん。
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NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町

住所/愛媛県大洲市大洲378
TEL/0120-210-289
営業時間/IN 15:00-20:00・OUT 12:00
駐車場/あり
HP/https://www.ozucastle.com

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復元された名城で殿様気分を満喫

「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」の名を一躍知らしめた建物へと案内していただいた。大洲河畔に佇む大洲城だ。江戸時代に築かれた大洲城の天守(一説には淡路島から移築されたと言われる)は、1888年に取り壊され、一時期は4つの櫓を残すのみとなっていた。大洲市民の悲願であった天守復元が叶ったのは2004年。
江戸時代の古絵図や天守雛形、明治時代の写真を元に、完全復元された。もちろん工法、使われている材料についても伝統を重んじた。これにより戦後日本で初めて、木造による四層四階の天守復元が成し遂げられた。「大洲城キャッスルステイ(通称・城泊)」は1泊2食付きで132万円〜(税込)と高額だが、宿泊客は殿様として扱われ、最上級のおもてなしで迎えられる。2023年は23組を受け入れた。
天守から一望する市街の景色はことのほか風情がある。少しばかり殿様気分を味わうことができた。

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大洲城

住所/愛媛県大洲市大洲903
TEL/0893-24-1146
営業時間/9:00~17:00(札止め16:30)
観覧料/大人550円(臥龍山荘との共通券2施設880円、盤泉荘を含めた3施設1,100円)
定休日/無休
駐車場/あり(有料)

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趣向を凝らした名建築に込められた美意識と想い

城を後にして、2つの名建築へと足を運んだ。肱川流域随一の景勝地である臥龍淵(がりゅうふち)を望む高台にあるのは、「臥龍山荘(がりゅうさんそう)」だ。文禄年間に初めて築庭され、その後、歴代藩主の遊賞地として愛でられた。明治以降、自然荒廃した一帯を、大洲出身の貿易商・河内寅次郎が購入。
京都の茶室研究家らの協力を得ながら、構想に10年、工期に4年を費やして、1907年に完成させた。山荘は臥龍院、不老庵(ふろうあん)、知止庵(ちしあん)の3棟と冨士山や肱川を借景とした日本庭園で構成されている。寅次郎がもっとも情熱を注いだとされる臥龍院は、茅葺屋根に農村風寄棟の平屋建て。
夏がテーマの部屋で、北風が涼しい「清吹(せいすい)の間」、農村の夕暮れを表現することで、格調高い「壱是(いっし)の間」、その対比によりお茶の世界の侘び寂びが表現された「霞月(かげつ)の間」は、それぞれ見応えがある。特に感服したのは、農家の風情を感じさせるために敢えて塗り残した「霞月の間」の壁。先人の美意識に恐れ入る。

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「臥龍山荘」から徒歩5分、2021年に改修整備が完了し一般公開された「盤泉荘(ばんせんそう)(旧松井家住宅)」がある。施主は大洲市出身の松井傳三郎、國五郎兄弟。
ふたりは明治から大正時代にかけて、フィリピン・マニラで貿易会社や移民向けの百貨店を経営し、大きな財を成した。故郷である大洲市に別荘を建築しようと試みるが、傳三郎は志半ばで他界する。その遺志を継いで國五郎が1926年に完成させたのが「盤泉荘」だ。玄関の鬼瓦に刻まれた「K.M」のアルファベットやレッドカーペットのようにあしらった南洋材、高い天井の和室など随所に西洋建築のテイストが取り入れられている。建物に宿った先人の想いにふれつつ、城下町の旅を締めくくった。

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臥龍山荘

住所/愛媛県大洲市大洲411-2
TEL/0893-24-3759
営業時間/9:00〜17:00(札止め16:30)
定休日/無休
観覧料/大人550円(大洲城との共通券2施設880円、盤泉荘を含めた3施設1,100円)
駐車場/あり

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盤泉荘

住所/愛媛県大洲市柚木317
TEL/0893-23-9156
営業時間/9:00〜17:00(札止め16:30)
定休日/無休
観覧料/大人550円(臥龍山荘との共通券2施設880円、大洲城を含めた3施設1,100円)
駐車場/あり(大洲まちの駅あさもや、観光第2駐車場)

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これも楽しみ ランチとお土産

大洲市には2種類の殿様ゆかりの伝統菓子がある。ひとつは餅菓子「志ぐれ」。大洲藩江戸屋敷の秘法菓子が藩内に広がり、今も複数の菓子舗が味を競い合っている。もうひとつの「月窓餅(げっそうもち)」は、1624年(寛永元年)創業の村田文福老舗のみで作られている。大洲藩公の御用菓子司として、代々殿様が召し上がられる菓子作りに勤しんできた。とりわけ、二代藩主泰興公が好まれたのが、漉し餡を国産の本わらび粉で包み上げ、青大豆のきな粉をまぶした餅菓子だ。泰興公の号である月窓を冠し、今も変わらぬ製法で作られている。

瀬戸内海から直送された海の幸を味わうなら「大洲炉端 油屋」へ。幕末からの歴史を誇る旅館・油屋に使われていた材を生かした食事処だ。愛媛県南予地域の郷土料理・鯛めしは絶品。地元の醤油蔵で仕込んだ醤油で仕立てた特製のタレが真鯛の滋味を引き立てる。

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大洲炉端 油屋

地元の野菜や魚、調味料を使用した料理が味わえる。幕末に創業した旅館時代の面影を残す建物の風情も心に沁みる。地酒もあり、夜は炉端料理で一献傾けたい

住所/愛媛県大洲市大洲42
TEL/0893-23-9860
営業時間/11:30〜14:00、18:00〜22:00
定休日/月曜(祝日の場合は営業、火曜に振替)
駐車場/あり

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伊予灘海鮮丼定食2,000円。煮物や汁物もついている。

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伊予の鯛めし定食1,450円

村田文福老舗 本町本店

殿様が愛した銘菓・月窓餅は、上品な甘さとぷるぷるとした食感がクセになる。十四代目の村田耕一さんの熟練の技には脱帽。息子の真嗣さんは本町本店で客をもてなす

住所/愛媛県大洲市大洲183
TEL/0893-24-2359
営業時間/9:00〜18:00
定休日/無休
駐車場/あり

村田文福老舗 如法寺店

住所/愛媛県大洲市田口2597
TEL/0893-23-4179
営業時間/8:30〜18:30
定休日/無休
駐車場/あり

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「旅のはじめ 旅のおわり」

観光客の多様なニーズに応えてくれる集客交流施設。メイン施設の「特産品販売コーナー」には、大洲市や近隣の選りすぐりの名物がずらり。
また、観光施設の案内や鵜飼、いもたきなど季節の風物詩の情報が得られる観光総合案内所、観光客が無料で利用できる駐車場があり、旅のはじめにも、おわりにも立ち寄っておきたい施設だ。

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市内の複数の菓子舗の「志ぐれ」も並ぶ。あれこれ買って食べ比べも良い(写真は山栄堂の商品)
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地元の老舗醤油蔵が醸造した醤油は、素材にこだわった一級品

大洲まちの駅 あさもや

住所/愛媛県大洲市大洲649-1
TEL/0893-24-7011
営業時間/9:00〜18:00
定休日/12月29日〜31日
駐車場/あり

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