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岡山県 高梁市

1キロメートル以上にわたって続く「吹屋の町並み」。現住の建物も多いので見学の際は配慮をしたい

岡山県 高梁(たかはし)市

第二章
ジャパンレッドが息づく町並みへ

銅とベンガラで栄えた「吹屋(ふきや)」を目指して

広島県との県境に位置する岡山県高梁市は、雲海に浮かぶ姿が「天空の城」と称される備中松山城があることで知られている。市内各所に歴史や風情を感じさせるエリアやスポットがある。今回の目的地、標高550mの高原地帯に位置する吹屋地区もそのひとつだ。

「吹屋」は、金属を精錬・鋳造する工房や職人のことを意味する言葉。かつてこの地域は、国内屈指の銅とベンガラの生産地として栄えた。採掘が盛んになった江戸時代半ばから吹屋銅山の鉱山集落として発展し、幕末から明治時代にかけてはベンガラの産地としてさらなる隆盛を極めた。ベンガラとは硫化鉄鉱石からつくられる赤色顔料。吹屋では、銅の副産物として採掘した硫化鉄鉱石を酸化・還元させることによりこれを特産品とした。

ベンガラは着色力が強く、熱や水、光に強い性質をもつ。おまけに無毒で安全なことから、伊万里焼や輪島塗のほか、木材の保護にも使われた。その歴史を語りかける「吹屋の町並み」を見た瞬間、息をのんだ。赤い格子窓が、なんとも言えない情緒を醸し出しているのだ。

吹屋郵便局
町並みに溶け込んだかのような郵便局。ノスタルジックな外観だが、通常と同じ郵便業務などを行っている。ハガキや封書に風景印を押してほしい場合は申し出を
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豊かさを語りかけるもう1つの文化遺産

「吹屋の町並み」は、国選定重要伝統的建造物群保存地区。こうした町並みは各地にあるが、ベンガラ色に染まった石州瓦と格子窓が織りなす情景は壮観。しかも統一感のある建物が並んでいる。その理由は、銅やベンガラがもたらした豊かさにあった。江戸時代から明治にかけて、銅やベンガラで財を成した豪商たちは、相談の上で石州(島根県)から宮大工を招き、見事な町並みをつくりあげたのだ。

銅山が閉山し、ベンガラ製造が終了した昭和40年代後半、吹屋地区ではいち早く町並み保存運動に取り組み始めた。それが奏功し、1977年、全国で8番目に国の伝統的建造物群保存地区に選定された。さらに2020年、全国でも稀有な美しさをもつ町並みは、『「ジャパンレッド」発祥の地-ベンガラと銅の町・備中吹屋』として日本遺産の認定を受けた。「ジャパンレッド」とはすなわち、ベンガラの色を指す。

日本遺産の構成文化財のひとつで、県の重要文化財に指定されているのは、旧吹屋小学校。1900年代に建てられ、銅山とベンガラ生産の最盛期である1918年に369名もの児童が在籍。2012年まで「現役日本最古の木造校舎」として子どもたちの声が響いていた。案内役の門田展明さんの肩書きは〝校長〟。「各校舎の天井裏に造作されたトラス構造や本館2階の講堂の内部意匠など、当時の最先端の技法が取り入れられた擬洋風の建物。この贅沢な造りからも、吹屋の豊かさが伝わってくるはずです」と説明する。

旧吹屋小学校を設計した江川三郎八が、岡山県庁在勤時に手がけた旧遷喬尋常(せんきょうじんじょう)小学校校舎は国重要文化財、閑谷(しずたに)学校資料館は国の登録有形文化財。「江川式建築」という言葉があるほど、木造大型施設において大きな足跡を残している人物だ。

「江川式建築」の代名詞とも言える旧吹屋小学校は、保存修理工事を経て2022年蘇った。高台に佇む学び舎は、この地に暮らす人にとっての心の拠り所であり、観光客にとっては吹屋の歴史の語り部でもあるのだ。

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旧吹屋小学校

東西校舎は1900年、本館は1909年に建築された。1階には吹屋地区の文化・歴史を紹介する「日本遺産センター」があり、最新映像技術のXRによるそれらの体験(有料)が可能。他にもトラスを用いた小屋組みの三間廊下など見どころは多い

住所/岡山県高梁市成羽町吹屋1290-1
TEL/0866-29-2811
営業時間/10:00〜16:00
定休日/12月29日〜1月3日
料金/大人500円、小・中学生250円
駐車場/下町観光駐車場利用

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変わらずに紡がれる穏やかな暮らし

ジャパンレッドの町並みの最大の特徴は、今も多くの人が日常を営んでいること。もちろんカフェなどの商業施設もあるが、穏やかな暮らしの風景がかえって旅情を誘う。

そんな日常の象徴とも言えるのが吹屋郵便局。玄関口には、局名を染め抜いたベンガラ色の暖簾がはためいている。郵便局が開設されたのは1874年。現在の局舎は三代目にあたり、建てられたのは約30年前。町並みの風情を損なわないようにデザインされたことがうかがえる。この郵便局の風景印は、吹屋ふるさと村の様子がデザインされている。風景印を押した旅先からの便りを認めてみるのも一興。

「吹屋の町並み」には、内部の見学ができる屋敷もある。郵便局のすぐ近く、旧片山家住宅もそのひとつ。1759年に創業し、ベンガラ製造と販売を行っていた老舗だ。邸内は想像をはるかに超える奥行き。管理をされている女性の丁寧な案内により、じっくりと内部を見せていただいた。広さに驚きつつも、見事な設(しつら)えからベンガラ商家の繁栄ぶりを学ぶことができ、同時に、笑顔で案内をしてくれた女性のやさしさが心に沁みた。

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ベンガラ屋の面影を色濃く残した主屋に加えて、ベンガラ製造に関わりのある付属屋も残しており、吹屋のベンガラ製造史を語る上で貴重な建物。国の重要文化財に指定されている
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旧片山家住宅

住所/岡山県高梁市成羽町吹屋367
TEL/0866-29-2205
営業時間/10:00〜17:00(12〜3月は〜16:00)
定休日/12月29日〜1月3日
料金/大人500円、小・中学生250円
駐車場/下町観光駐車場利用

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ピリッと辛い唐辛子とほんわり甘やかな人情と

レトロな吹屋の町並みは、出会いの町並み。「佐藤紅商店」の佐藤拓也さんは京都府の生まれ。旅行で足を運んだ吹屋が気に入って「こんなまちで生きていきたい」と移住を考える。そして地域おこし協力隊員に採用されたのをきっかけに、2012年に高梁市に移り住んだ。地域おこし協力隊員として、体験プログラムの開発や地域食材を活用したプロダクト開発、その発信などに取り組む。任期も2年を過ぎた頃、佐藤さんは招かれた地域の宴会で赤い柚子胡椒に出会う。その衝撃的な辛さと旨さに魅了され、「赤い柚子胡椒ってベンガラの町らしい!」と閃いた佐藤さんは、これを生業とすることを決意した。

「まずはレシピを教えていただき、赤唐辛子の栽培に挑戦。そして試作を繰り返しました」と振り返る。寒暖差の激しいこの地域ならではの完熟柚子も欠かせない素材。これらを使った「吹屋メイド」の柚子胡椒が完成したのは2016年。翌年から本格的に販売を開始した。看板商品の赤柚子胡椒「吹屋の紅だるま」は1年目200個、2年目2000個と製造数はどんどん増えた。また、現在、柚子唐辛子「吹屋の紅てんぐ」などオリジナル商品は10種以上になっている。元製粉屋を活用した店舗には、懐かしい玩具を並べたコーナーを用意。唐辛子作り体験など、新しい取り組みにも積極的な佐藤さんだ。

「地域の人がよそ者である僕をやさしく迎え入れてくれ、力を貸してくださり、いつも応援してくれるからこうやって続けることができた。少しでも恩返ししたいんです」とにっこり。唐辛子は辛いが、住む人は甘やか。吹屋は、佐藤さんが自分らしく生きられる場所だ。

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自家栽培の唐辛子を石臼で挽く体験は1回100円。挽いた唐辛子はお土産にできる
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赤いだるまのパッケージが愛らしい赤柚子胡椒(700円)。ふるさと産品のコンテストなどで上位入賞を果たした。

佐藤紅商店

住所/岡山県高梁市成羽町吹屋851-1
TEL/080-1487-6077
営業時間/9:30〜16:30(土・日曜は10:00〜17:00)
定休日/月・木曜(祝日の場合は営業)
駐車場/下町観光駐車場利用

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邦子さんの手ほどきでにわか染色作家に

町並みの入り口にある「吹屋案内所 下町ふらっと」の向かいには、多様な色に染められた布や衣類などが干され、風に揺らめいている。ここは染色作家の小倉邦子さんの拠点。彼女は佐藤さんと同じく移住組で、作家活動をしながら「ベンガラ染め体験」を受け入れている。

染物と聞けばハードルの高さを感じる人もいるかもしれないが、気さくな邦子さんと会話をしながら、どんな風に染めたいかを決めるプロセスは思いの外楽しい。輪ゴムで布を縛る「絞り染め」、折りたたんだ布を板に挟んで染める「板締め絞り」など手法も色々。染料は黒、赤、黄色を基本に、これらをブレンドして好みの色に仕上げることも可能だ。大きさにもよるが、染色に要するのは約1時間。その後、軽く洗って、表に乾かして仕上げる。乾くまでランチにするか、お茶にするか…。緩やかな坂を登りながら、気持ちをはずませた。

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体験は事前予約制。体験料はステンシルの場合コースター800円、Tシャツ3,000円など。
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また今回挑戦したベンガラ染めはハンカチ1,800円、手ぬぐい2,000円など。邦子さんの丁寧な指導が好評だ

吹屋案内所 下町ふらっと

住所/岡山県高梁市成羽町吹屋890
TEL/090-8999-0477
営業時間/10:00〜16:00
定休日/不定
駐車場/下町観光駐車場利用

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吹屋を愛する人たちの心づくしのおもてなし

通りを歩いていると、どこからともなくコーヒーやスパイスの香りが漂ってくる。民家や商家を活用したカフェや飲食店があるようだ。「地元ならではの料理が食べたい」と腰を下したのは、「カフェ 燈」。運営するのは、町に賑わいを取り戻そうと、10数人の住民で立ち上げた株式会社吹屋。メンバーの1人である加藤浩子さんは、「どんどん空き家が増え、建物が寂れていく状況に胸を痛めて、それをなんとかしたいと思ったの」と話す。1882年に建てられた家屋をリノベーションし、2018年に1日1組限定の1棟貸しの宿とこのカフェを開業した。

「店のウリは、地元のお野菜や果物を中心とした、田舎のお母さんがつくるご飯」というのは髙下瑞恵さん。食事の献立はランチ1種類のみだが、目の前に運ばれてきたトレイを見た瞬間、思わず「わっ!」という声が漏れた。品数が多く、どれも手の込んだものばかり。一品、一品、時間をかけて調理されたことがうかがえる。チョロギの梅酢漬け、ヤーコンのキンピラなど、見慣れない料理の説明を聞くのも楽しい。

お腹を満たしてふと気付いたのは、可愛らしい箸置き。実は仲間のひとりが陶芸家で、旧吹屋小学校やボンネットバスをモチーフにしたオリジナル作品を作っているのだそう。「吹屋は人情のまち」と口を揃える浩子さんと瑞恵さん。まちを包み込む人情と心づくしの料理で、目一杯エネルギーをチャージできた。

せっかくなのでカフェに隣接する1棟貸しの宿「町家ステイ吹屋 千枚」も見せていただく。古民家ならではの重厚感があり、スペシャルな宿泊体験ができそう。次回はぜひここに泊まりたいものだ。

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カフェ 燈

盛りだくさんのおかずは、野菜を中心にしていてヘルシー。日替わりランチ1,400円にプラス300円でコーヒーとデザート付きに。ランチは予約可能(前日まで)。ケーキやドリンクなど喫茶メニューもあり。営業は土・日・月曜

住所/岡山県高梁市成羽町吹屋398
TEL/0866-29-3050
営業時間/11:00〜16:00
定休日/火〜金曜
駐車場/下町観光駐車場利用

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旅の締めくくりにはベンガラ色の紅茶を味わう

カフェを後にして歩いていたら、町並みに面した酒屋の女将さんが、可愛らしい猫を抱いて隣の「喫茶 楓」に向かうのに出くわした。

聞けばこの猫は、喫茶でおやつをもらうのが日課なのだそう。店の片隅にちんまりと腰を落ち着け、店主がおやつを出してくれるのをおとなしく待っている。カフェの奥さん曰く、「すごくいい子よ。前は自分で来ていたんだけど、体調を崩してから送り迎え付きなの(笑)」。

猫が導いてくれたご縁、旅の締めくくりに「地紅茶」なるものを注文した。高梁でつくられたという紅茶は、渋みが抑えめで飲みやすい。ベンガラのような色の1杯をしみじみと味わった。

「喫茶 楓」でいただいた地紅茶。 ポットでサービスされる
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ちょっと小柄な女の子猫。店主が調理中は、
置物のように微動だにせず大人しく待っている。その健気な様子に心を惹かれた
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