ホーム > 瀬戸マーレ vol.35 > 恵峰さんと巡ろう 四国八十八ヶ所霊場

ゆく年くる年 遍路の初心に立ち返る 伊予の札所巡り。

来し方を振り返り、来るべき年に想いを馳せる季節です。 札所巡りでは、立派なお堂や山門、寺宝などを拝観するたびに、 昔の人のあつい信仰心を感じて心が動かされます。 観光や健康維持の目的で巡っていても、折に触れ自分を見つめ直す機会を得ることができる、 それがお遍路の良いところです。

第五十二番札所 瀧雲山 太山寺

開創の縁起によれば、用明2(587)年、豊後国の真野長者が船で松山沖を航行中、大嵐に遭遇するも観音菩薩の霊験により救われた。そこで、長者が報恩のため一夜にして御堂を建立したという。天平11(739)年、聖武天皇勅願により行基が本尊の十一面観音像を安置し、その後も6代にわたる天皇が十一面観音像を勅納したと伝えられ、本尊と合わせて七躯の観音像が本堂内陣の須弥壇に安置されている。
【本尊】十一面観世音菩薩

太山寺の本堂へは、一の門・二の門をくぐり深い木立の参道を上る。二の門(仁王門)は鎌倉時代の建築で国指定重要文化財。
鐘楼堂の壁面に大きく描かれた、閻魔大王と地獄・極楽浄土の絵図。見る者はおどろおどろしさに思わず身をすくめ、普段の行いを振り返り、身を正す。
現在の本堂は嘉元3(1305)年、伊予の豪族河野氏が再建・寄進したもの。全国屈指の規模を有する密教寺院本堂で、国宝に指定。
鐘楼堂は江戸初期に再建、梵鐘は室町初期に鋳造されている。
伊予を訪れたとされる聖徳太子を祀る太子堂。聡明な太子にあやかって学力増進・合格祈願のお参りが多い!

第五十三番札所 須賀山 圓明寺

天平勝宝元(749)年、聖武天皇の勅願を受けた行基が阿弥陀如来像を刻んで安置したのが開基と伝わる。当初は和気西山の海岸にあり、七堂伽藍を構えていた。のちに、弘法大師がその地に巡錫し諸堂を整備したとされるが、鎌倉時代に度重なる兵火で衰微。江戸時代初期に土地の豪族、須賀重久によって現在地に移転・再興された。本堂の鴨居には、左甚五郎作と言われる巨大な龍が彫られている。
【本尊】阿弥陀如来

本瓦葺・入母屋造の八脚門は室町時代の建築と推定され、県の有形文化財に指定。
境内中央に、風格を感じさせる中門が建つ。
キリシタン灯籠の正面には合掌するマリア観音像が。隠れキリシタンが信仰していたと言う。
大師堂をのぞき込むと天井絵が色あざやか。

渡し船に乗って、
三津浜焼きを食べに行こう。

三津浜は、松山の海の玄関口として栄えた港町。その港の入り江に、室町時代に始まり、俳人小林一茶も渡ったという由緒ある「三津の渡し」があります。運航距離はわずか80mで対岸まで2分ほど。松山市営なので市道扱い、乗船料は無料です。52番札所へ向かう途中に、旅情あふれる渡船体験が楽しめます。

三津の渡し
営業時間/7:00~19:00(随時運航)
休業日/年中無休 料金/乗船無料

松山のソウルフード、三津浜焼き

鉄板の上でクレープ状に生地を広げ、味付けした中華麺やうどん、具材を乗せて焼くのが三津浜焼き。独特の具材やソースが評判で、関西や広島のお好み焼きとはひと味違う松山のソウルフードとして人気です。ボリューム満点の三津浜焼きでパワーを注入して、次の札所を目指しましょう!

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福田 恵峰(けいほう)さん

福田 恵峰(けいほう)さん

神戸市在住。会社勤めをしながら休日だけの札所めぐりを続けて、現在までに20回以上巡拝。そのほとんどが歩き遍路である。歩くたびに新しい出会いがあり、新しい自分を発見すると言う。四国八十八ヶ所霊場会公認先達。NPO法人遍路とおもてなしのネットワーク理事・女性お遍路相談員。www.omotenashi88.net

〈公認先達〉四国八十八ヶ所霊場巡拝を重ね、弘法大師の教えに帰依し、新しく巡拝する人たちにお遍路の心得などを指導し、手本となることができると認められた人。四国八十八ヶ所霊場会が審査、認定している。

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