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情報誌「瀬戸マーレ」

うみかぜ紀行

約束のリングは神戸の海で

玉岡かおる・文

空にいちばん近い場所はどこ?
そう訊かれたら、いったいどこを思いつくだろう。

高層ビル。山の上の展望台。タワーのてっぺん。煙突の先。……うーん、どれも、そう長い時間はいられないから決め手に欠ける。

それは、去る5月、日本中をまぶしい話題で包んだ、金環日食のときのこと。

太陽と地球、そして月の軌道がいっとき交わり、白日の陽をふさぐ。円と円とが重なり、蒼天にふしぎな真円の輪を作るのだ。

私の住んでいる兵庫県では実に282年ぶり。そして次は18年後、札幌まで行かなくては見られないらしい。だからこの時かぎりと場所選びに気合いが入るのも当然だった。

だが高いところならばよく見えるとは限らない。空に近い、という意味は、自分と空との間にさえぎるものがなく、空と直接取引できる、そんな距離の近さを言うのである。

でも、そんな理想的な場所なんてある?

あった。それは神戸の海の上だ。

迫るような淡路島も六甲の峰々も及びもつかないその高さまで、すこんと見通しのいい邪魔者のなさ。水平線一本で分けられ、じかに接したその近さは、ほかの場所の群を抜く。

さっそくクルーズ船への参加を申し込む。

はたして当日、神戸港がみごとな晴天に恵まれたのは幸運な限り。大阪湾の洋上に出てデッキで待てば、やがて大空をよぎる月の、ひとまわり小さな影が太陽を追う。そしてぴったり重なり、約束どおり、金色の輪が輝いた。

人の手の介在しない、誰でも平等に見ることのできる大宇宙のパフォーマンス。

船上には無邪気な感嘆の声が上がった。

宇宙があり、地球があり、その表層を覆う大海原には船がいて……。海は偉大だ。巨大なステージのうちの、パーツとなって呼吸する自分を、大自然の一つであると意識させる。

ああ、海のある街にいる幸運。

サングラスを取った後には、なにごともなかったかのように頭上に輝く太陽がある。

空にいちばん近い場所。そして同時に、我々の暮らす都市にもいちばん近い隣人。

海は、さっきとは位置が違って見えた。

PROFILE

玉岡かおる
作家。兵庫県在住。1989年、神戸文学賞受賞作『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)でデビュー。著書多数の中、『お家さん』(新潮社)で第25回織田作之助賞。文筆のかたわら、テレビコメンテーター、ラジオパーソナリティなどでも活躍。
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