
「フロイン堂」のパン。中央の食パンは看板商品。1本930円(写真は3分の1本で310円)。
ぶどうパンやビスケット、ドーナツなど、どれも根強いファンがいる。背景は歴史あるレンガ窯
兵庫県の神戸港が開港したのは、1868年(明治元年)。その翌年、神戸のまちにパン屋が開業した。以来、外国人が多く住むようになった神戸市は、店の数も消費量も全国屈指の「パンのまち」と呼ばれる。人気のパン屋が集中しているパン屋激戦区の一つが、神戸市東灘区の岡本商店街。緩やかな石畳の坂道の界隈に、洒落たカフェや雑貨店が軒を連ねている。うち10軒以上がパン屋だ。
1932年創業の「フロイン堂」は、通称・キャンパス通りに面しており、ガラス張りの引き戸越しにレトロなショーケースが見える。二代目の竹内善之さんは、店と同い年で、90歳を超えて、なお現役。仕事は毎朝早くから始まる。天然酵母のパン生地は手捏ねだ。
「手のひらで、生地の状態を見極めるんです。この作業が難しくもあり、楽しくもあるんです」と笑う。
「フロイン堂」初代・善次郎氏にパンづくりを教えたのは、ドイツ生まれのパン職人ハインリヒ・フロインドリーブ氏。第一次世界大戦でドイツ人俘虜(ふりょ)となった彼は、終戦後も日本に留まり、日本人女性のヨネ氏と結婚した。ヨネ氏の従兄弟だった善次郎氏は、フロインドリーブ氏が1924年(大正13年)に開業したパン屋「フロインドリーブ」に弟子入り。ドイツパンの製造法をしっかりと学んだ。独立当初は「フロインドリーブ2号店」と名乗っていたが、戦後、現在の店名に変えたという。「フロインドリーブさんのことを、私は『パパさん』と呼んでいました」と善之さん。パパさんのところに遊びに行くと、「ハイ」とチョコレートを手渡してくれた思い出があるそうだ。
学校を卒業後、電電公社(現NTT)の技術者として働いていた善之さんが38歳のとき、突然父が倒れた。店の手伝いをしたことはあったが、製パンはまったくの素人。記憶を頼りに手探りのパンづくりが始まった。当初は「親父さんのパンとは全然違う」という厳しい声も耳に届いた。そんなとき、自分に言い聞かせたのは「毎日が素人」。とにかく一生懸命に、ひたすら汗をかくことを自身に課した。
善之さんを見守るのは、創業以来使っているドイツ由来の一層式レンガ窯。熱源こそ薪からガスに変わったが、戦災も震災も乗り越えてきた、店の守り神のような存在だ。そして、捏ね台のそばの壁には、善次郎氏の写真が掛けられている。
「パンづくりは、僕が大好きな山登りに似ているんです。しんどいが、やり切った先には、大きな達成感があるんです」。戦中戦後の物資不足の時代、先代は麦の栽培まで手がけていたという。善次郎氏や異国で苦労したパパさんの想いを受け継ぐ善之さんがいたから、今日の「フロイン堂」がある。
住所/兵庫県神戸市東灘区岡本1-11-23
TEL/078-411-6686
営業時間/9:00〜18:00
休み/日曜、祝日、第1・3・5水曜
駐車場/近隣有料Pあり
Instagram/furoindo
「フロイン堂」を後にし、岡本商店街をぶらり。通りのそこかしこから、ふんわりとパンの香りが漂ってくる。あちらの店であれを、こちらの店でこれを…と提げていたトートバッグは、パンで膨らんでしまった。ちょっとひと休みしようと腰を落ち着けたのは、阪急岡本駅前にある純喫茶「カフェ
ド
ユニーク」。外壁にはレンガが施されており、レトロな空気をまとった店だ。創業は1960年、アンティーク調の素敵な家具や内装が、なんとも落ち着ける。
ランチなど軽食が豊富だが、メニューを見た瞬間、惹かれたのは自家製プリン。しっかりと固い昔ながらのプリンは、店の空気とも相まって美味しさひとしお。
商店街ぶら歩きはこれからが本番。岡本商店街には170軒以上の店舗が軒を連ねており、フードからファッションまで業種もさまざま。近辺には大学も集中しており、若者たちが楽しそうにお喋りする姿も。メインの岡本坂沿いだけではなく、小さな路地でも隠れ家のようなお店を見つけられる。この商店街で、いいもの探しを楽しみたい。
神戸市営地下鉄長田駅の前にある赤鳥居から長田神社まで、約300mにわたって延びる長田神社前商店街。その中程にある「麦酵舎(ばっこうしゃ)はらだ(原田パン)」は、1946年に開店した。「義父である原田増太郎が、戦後の復興に合わせて開業したと聞いています」と話すのは、二代目富男さん。増太郎氏は、他店に先駆けてトンネルオーブン(自動加熱ができるトンネル状の窯)を導入。昭和の半ばには、つくれば売れるという人気店になり、窯を休ませておくのは勿体無いと学校給食にも参入した。そんな商才に長けた先代だったが、60歳のときに病で倒れた。そこで後継者として白羽の矢が立ったのは、商社に勤めていた富男さん。舞い込んできたお見合い話に、「経営者なんて無理」と尻込みしていたが、不思議な縁が重なり1980年に結婚した。
右も左もわからないパン屋の仕事。最初は自らも職人になろうと考えたが、現場には経験豊かな職人さんがいる。そこで自分は経営者として成長していこうと考えを改めた。そんな若き日の富男さんを支えてくれたのは、神戸市内の同業者たち。「分からないことを聞いたら快く教えてくれて。先輩たちのおかげで何とか、頑張ってこられました」と振り返る。
経営者としてようやく足固めができた1995年、阪神・淡路大震災が発生。店舗や工場が甚大な被害を受けた。不幸中の幸いで、家族や従業員の命は無事だった。そこで、残された工場の設備でいち早く製造を再開。いつものパンを見て、涙を流しながら喜ぶお客様の姿に、「パン屋になってよかった」としみじみ思ったそうだ。以降も仮設店舗を転々としながら、パンを売った。
震災から1年余りが過ぎ、建物の新築が叶った。「商店街のなかでも一番早く建て替えが完了しました。うちの店を見て、頑張らなあかん!とやる気になってくれた方もいらっしゃるんです」と微笑む。
「シャーベットクリーム」や「みつあみ」など、昔ながらの菓子パンは156円〜という安さ。「ご近所さんが毎日、気兼ねなくこられる店にしたい」という想いが伝わってくる。また、10数年前、改装して店内にイートインスペースを作った。そこには買い物途中のご近所さんが一服したり、世間話に花を咲かせたりする姿があった。「買い物をしなくてもいいんです。元気な顔を見せてくれればそれだけで嬉しい」。
長田神社前商店街は、人情の商店街。下町らしい人間関係が最大のウリ。長田神社までの道のりをのんびりと歩きながら、美味しいもの、あたたかい人との出会いで心を満たしたい。
住所/兵庫県神戸市長田区六番町7-2
TEL/078-577-2255
営業時間/7:30〜20:00
休み/無休
駐車場/近隣有料Pあり
Instagram/haradapan
HP/https://harada-pan.com
201年(神功(じんぐう)皇后元年)、神功皇后が創祀されたと伝わる長田神社は、神戸を代表する名社のひとつ。事代主(ことしろぬし)大神を御祭神としており、商売繁盛、開運・厄除け、病気平癒の神様として厚い信仰を集めている。地元の人は親しみを込めて「長田さん」と呼ぶこともあるそう。門前町にあたる長田神社前商店街には、老舗が多く残っている。
戦後間もなく開業した「八木新月堂」は、二代目八木和男さんと、妻の勝美さんが営む店。「野球カステラ」、「瓦せんべい」や「瓦まんじゅう」など10種ほどの商品を手焼きするのは和男さん、包装や接客は勝美さんとコンビネーションが抜群。小麦粉、砂糖、卵とはちみつを材料に、添加物は一切なし。長田神社の焼印が押されたせんべいは、パリッと小気味よく割れ、ほのかな甘みが絶妙。ついつい手が伸びてしまう。わずか2畳ほどの焼き場で、「うちは後継がおらんから、いつまでできるかなあ」とぼやきつつも、和男さんの手は動き続ける。一方の勝美さんも、電話や客の応対に休む暇もない。夫婦二人三脚、そんな言葉がしっくりとくる八木夫妻。笑顔に見送られて門前の下町を後にした。
住所/兵庫県神戸市長田区長田町1-3-1
TEL/078-691-5474
営業時間/9:00〜18:00
休み/日曜
駐車場/近隣有料Pあり