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うみかぜ紀行

ダイヤモンドクロッシング未来行き

玉岡かおる・文

高知へ行くなら、今度は路面電車に乗ろう、と次の機会を楽しみにしていた。ドライブが大好きな私だが、同じくらい電車も好きで、とりわけ路面電車は全国的にも希少なだけに、見るのも乗るのも期待は大きい。

車社会になって以来、路面電車は交通渋滞を引き起こす邪魔者として次々に廃止され、地下鉄に取って代わられた。だが昨今、その価値は見直されている。ホームまで階段を上り下りしなくてもいいため、すぐに乗れて、降りれば地上で後のアクセスも楽。乗る人に優しいばかりか、排気ガスを出さずエコ、とくれば、いったい何が新しいやらレトロやら。

開業1904年という「とさでん交通」も、百年の時を超えてなお親しまれている市民の足だ。レトロながら今の時代のニーズにぴったり合った交通機関であるのは間違いない。

交差点では、居並ぶ自動車の前を、ガタンゴトンと、悠々、横切る。その風情は格別。

交通ルールは路面電車優先というから、この町には荒々しく追い越そうなんていう殺伐としたドライバーはいないだろう。

しかも車体のカラフルなこと。ボディに「トムとジェリー」を描いた電車が、「アンパンマン」の電車とすれ違っていったりする。こりゃテーマパークより楽しい眺めだね。

ごめん、と謝りながらやってくるかのような「後免町」行き電車は有名で、線路は遠い郊外まで続き、一日パスもある。でもまあ私は、ホテルのある県庁前から高知駅前まで、おみやげを買いにチョイ乗りとしよう。

さて、後ろから乗ったはいいが、えーと、運賃は先払い? ICカードで払えるの? 運転手さんは前方だし、もたもたしていると、セーラー服の女子高生らが、
「乗る時は整理券を取るだけ」
「後払いです」
と交互に教えてくれる。

定期試験中だからか、停留所ごとに違う制服の子たちが乗ってきて、車内は実に賑やか。どの子も、一目でよそ者とわかる私にも礼儀正しい。うれしくなって、つい、
「あなたたち、どこの高校?」
と尋ねたら、はにかみながら甲子園にも出た名門校の名を返してくれた。さすが伝統はこの電車の中でも育まれたのかと納得だ。

そうこうするうち、はりまや橋交差点で、直進の電車、右折の電車、それに左から曲がって来る電車と、さまざまな方角に電車が見えてくる。この交差点は「ダイヤモンドクロッシング」といって、電車が四方から自由に運行できるよう軌道線が平面で交差しているのだ。まれに、三台が交差点に集合し、それぞれ別方向に曲がって散っていく「トリプルクロス」も見られるとか。

見飽きなくて、ずっと車窓を眺めていたら、さっきの女子高生が声をかけてくれる。
「ここで乗り換えですよ」
「切符はそのまま」

ありがとう、若者よ。この電車で通学した青春は、きっと未来の宝になるね。

ここには新も旧もない、右へ左へクロスする電車を乗せて、時代を超えてどこまでも伸びる線路が続いている。

挿絵

PROFILE

玉岡かおる
作家。兵庫県在住。1989年、神戸文学賞受賞作『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)でデビュー。著書多数の中、『お家さん』(新潮社)で第25回織田作之助賞。文筆のかたわら、テレビコメンテーター、ラジオパーソナリティなどでも活躍。