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うみかぜ紀行

仁淀ブルーに透かされて

玉岡かおる・文

その〝青〟に出会ったのは、講演で訪れた高知県でのことだった。

「仁淀ブルーをごらんになりますか?」

せっかく来たのだから有名なものを見て帰られてはどうか、というご親切だった。

しかし、私には予備知識がなかった。仁淀川が全国の一級河川の水質ランキングで歴年の一位を占めた清流だとは知っていたが、はて、仁淀ブルーとは?

「へえー。どんな、青、ですかね」

答えた声は実にまがぬけていたと思う。

そこは中津渓谷という山あいの地で、温泉のある居心地のいいお宿に案内された頃には日も暮れており、一晩中、水音だけを聞いていたにすぎないが、帰りはずっと川沿いの道を走るわけで、清流ならばここから見える景色でもうじゅうぶん、という気もしていた。

しかしお言葉に甘えてお連れいただき、宿からさらに上流へ車で小一時間。その水の色を前にした時、息を飲むほかはなかった。

想像したような、べったり塗りつぶした青ではないのである。青いインクを数滴、水に落としたら青く溶けて透き通る、あの感じ。

透明でありながら、川底の岩の色の作用か、そのブルーがひときわ青い。まるで、そう、正倉院展で見た異国伝来の紺琉璃坏(こんるりつき)の色のように、まじりけなく澄んで、光を透かす。

霊峰石鎚山(いしづちさん)のいただきに降る雨は、せせらぎとなって山々を下り、やがて仁淀川に合わさって、高知県のほぼ中心を流れていく。この渓流は岩や緑を刻みながら、時には小さな滝を作り、また、深くえぐれた岩場に溜まり、たゆたい、やすらぎ、ふたたび急流となって森を走りぬけていく。その折々で、木の間を射してくる陽の光を受けながら、岩とたわむれ、不思議な輝きを見せるのだ。透明であることの、なんと自在闊達であることか。

おそらくここは地元の人しか知らない〝ブルーがよく見えるポイント〟なのに違いない。

「あのあたり、カワセミがいるんですよ」

水辺の宝石、と言われるカワセミ、ですか。

それ自体、青い羽で覆われた美しい鳥で、水中に飛び込んで獲物を捕らえる姿をTVなどで見たことがあるが、この透明度なら、水面でホバリングしながら狙いを定め、小魚を見つけることも簡単だろう。

水のほとりを歩いて飽きなかった。場所場所で、水の色がまた違う。光の当たる角度や水の深さ、川底の岩の色によって変わるのだろう、今度はそう、白玻璃(しろはり)の輝きを見るように透き通って、日のかげんで緑に近くなる。

日本にこんな美しい水が残っていたなんて、もしかしたら奇跡かもしれない。紺琉璃坏も白玻璃も、かつては帝王しか持てなかった宝だが、ここでは誰でも見ることができる。

思えばダイヤモンドだってもとは地球が産んだ炭素の塊にすぎない。それが価値を増すのは輝いてこそだろう。この地に残った最後の宝石、仁淀ブルー。これを未来に残すなら、それは、大いなる遺産にちがいない。

挿絵

PROFILE

玉岡かおる
作家。兵庫県在住。1989年、神戸文学賞受賞作『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)でデビュー。著書多数の中、『お家さん』(新潮社)で第25回織田作之助賞。文筆のかたわら、テレビコメンテーター、ラジオパーソナリティなどでも活躍。