キャンプ、キャンプと記憶をさぐれば、浮かんでくるのは山、山、山の思い出ばかり。なぜだ、海だって何度もキャンプに行ったはずなのに。
人は、やはり先天的に、海幸彦か山幸彦に分かれるらしい。そして私は確実に山幸彦で、山のキャンプの思い出ばかりを大切そうに取り置いたようだ。
もともと海のない町で生まれ育ったせいでもあるが、山なら海と違って、確実に足が地面に着くから安心だし、体も濡れないし磯臭くない。そういう問題?!と思うなかれ、高度が上がれば温度も違って涼やかで、木々の吐き出す精気に身も心も充たされる。満天の星、ほたる、鳥の鳴き声、渓流の魚。そこに身を置くだけで、ふだんの暮らしの垢が洗われるから、すっかり新しい自分に更新されてしまうのだ。
のみならず、ふだんできない体験もいろいろ。高校時代、キャンプファイヤーの後にクジびきでペアを組んでの肝試しは楽しかったなあ。女子の方が少ないから、あぶれた男子が脅かし役のオバケになるのだが、やっかみ半分、にわかカップルが手をつないだりしていいムードでやってくると、容赦なく脅してうっぷんばらし。臆病な男子なら「ぎゃあ」と声を上げるというのに、女子の方がよほど男らしくオバケに立ち向かったりして、話題あれこれ、後々までも同窓会のネタになる。
むろん、断然海が好きという海幸彦も思いは同じ。地球という大自然にいだかれる醍醐味には、少しも違いはないことだろう。
打ち寄せる波の力学、そこに生きる魚やさまざまな生き物の命。それはもっときっかり、日常の生活の場を切り離し、別世界に近い体験を与えてくれる。そして、水平線に沈んでは昇る天体が見せるドラマは、ロマンティックな思い出にも貢献してくれるはず。ああ、キャンプって、いいなあ。
山を好む山幸彦、海を好む海幸彦。心の磁石が向かう位置はそれぞれ違っても、夏こそ野生の招きにまかせ、自然の中へと帰る季節。だけど、そんな時間も体力もない大人になってしまえば、ああ、思い出をたよりに、エアー(想像)キャンプで楽しむほかはない。