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情報誌「瀬戸マーレ」

うみかぜ紀行

山幸彦のおもいでキャンプ

玉岡かおる・文

キャンプ、キャンプと記憶をさぐれば、浮かんでくるのは山、山、山の思い出ばかり。なぜだ、海だって何度もキャンプに行ったはずなのに。

人は、やはり先天的に、海幸彦か山幸彦に分かれるらしい。そして私は確実に山幸彦で、山のキャンプの思い出ばかりを大切そうに取り置いたようだ。

もともと海のない町で生まれ育ったせいでもあるが、山なら海と違って、確実に足が地面に着くから安心だし、体も濡れないし磯臭くない。そういう問題?!と思うなかれ、高度が上がれば温度も違って涼やかで、木々の吐き出す精気に身も心も充たされる。満天の星、ほたる、鳥の鳴き声、渓流の魚。そこに身を置くだけで、ふだんの暮らしの垢が洗われるから、すっかり新しい自分に更新されてしまうのだ。

のみならず、ふだんできない体験もいろいろ。高校時代、キャンプファイヤーの後にクジびきでペアを組んでの肝試しは楽しかったなあ。女子の方が少ないから、あぶれた男子が脅かし役のオバケになるのだが、やっかみ半分、にわかカップルが手をつないだりしていいムードでやってくると、容赦なく脅してうっぷんばらし。臆病な男子なら「ぎゃあ」と声を上げるというのに、女子の方がよほど男らしくオバケに立ち向かったりして、話題あれこれ、後々までも同窓会のネタになる。

むろん、断然海が好きという海幸彦も思いは同じ。地球という大自然にいだかれる醍醐味には、少しも違いはないことだろう。

打ち寄せる波の力学、そこに生きる魚やさまざまな生き物の命。それはもっときっかり、日常の生活の場を切り離し、別世界に近い体験を与えてくれる。そして、水平線に沈んでは昇る天体が見せるドラマは、ロマンティックな思い出にも貢献してくれるはず。ああ、キャンプって、いいなあ。

山を好む山幸彦、海を好む海幸彦。心の磁石が向かう位置はそれぞれ違っても、夏こそ野生の招きにまかせ、自然の中へと帰る季節。だけど、そんな時間も体力もない大人になってしまえば、ああ、思い出をたよりに、エアー(想像)キャンプで楽しむほかはない。

PROFILE

玉岡かおる
作家。兵庫県在住。1989年、神戸文学賞受賞作『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)でデビュー。著書多数の中、『お家さん』(新潮社)で第25回織田作之助賞。文筆のかたわら、テレビコメンテーター、ラジオパーソナリティなどでも活躍。
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