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うみかぜ紀行

ミルク仕立てのドライブ・スイーツ

玉岡かおる・文

近代的な大橋が陸と陸とをひとまたぎ。鳴門に来るといつも、その雄大な眺めに心のスケールも大きくなる。

けれども同時に橋の下を覗き込めば、そういえば海面では渦潮というダイナミックな自然現象が繰り広げられているんだなあと、ちょっと距離ができたことを実感する。

私が子供の頃は大鳴門橋はなかったから、フェリーに乗るたび、激しく水しぶきを上げる渦を間近にして、驚異の視線を凝らしたものだった。おまけに大人たちの話も怖かった。

「ここは流れが早いから、渦に引き込まれたら二度とは浮かび上がってこれないんだよ」

「でも船でしか渡れないから、海難事故は絶望的なんだ」

どこまで本当なのか、船や人が海藻にからめとられながら暗い海底に沈んでいくさまを想像したら、夜は夢にうなされたものだ。きわめつけはエドガー・アラン・ポーの短編「メエルシュトレエム(大渦)に呑まれて」を読んだ時で、書かれているのは空想の中の怪奇な光景なのに、鳴門の渦潮を思い浮かべたらどこまでもリアルで、ページをめくる手が凍り付いたことを思い出す。人は、解明されない未知のものに対して、誇大に想像が膨らむものなのだ。

それにひきかえ、今の時代はいい。子供をむやみに怖がらせる不完全な情報ではなく、きちんと原理を説明する場が用意されている。橋から遠からぬ場所には立派な「うずしお科学館」も建っているし、安全で楽しいクルーズ船で現場に臨んで本物を見ることもできるのだ。

としたら、大人になった今なら、渦潮はどう見えるだろう。思い立って、四国への途上、鳴門で降りてみることにした。

まずは、どうして渦潮は発生するのかという疑問から。わかりやすい展示なので、すぐに私にも説明できる。すなわち、太陽と月の引力によって生じる潮汐は鳴門海峡の北側と南側で水位に差を作り、当然ながら高いところから低い方へと潮が流れるのだが、その際、ぐんと深い海峡の中央部では潮流が速いために、浅い両岸を流れる緩やかな潮を引き込んでしまう。この際、渦ができるわけだ。

最大直径20メートルもある渦は日本一で、世界三大潮流にもカウントされるとか。ちなみに他の二つはイタリアのメッシーナ海峡とカナダのセイモア海峡。うふふ、科学館で仕入れた知識だけれど、行ってみたいなあなんて考えるのも大人になった余裕だろうか。

いろいろ知った後に観潮船で繰り出せば、青い青い海面を舞台に、数十秒間渦を巻き、できては消え、消えてはまたあらたな渦が生まれるその繰り返しが、怖いどころか、ただ美しく、力強い。人の力ではとうていかなわぬ大宇宙のメカニズムの前に、自分の小ささを思い知るばかりなのだ。

大人になるのも捨てたもんじゃない。まるで世界のすべてが見えたようで、妙に満ち足りた気分になっている鳴門。そしてふたたび橋の上を車で通過していく帰路なのだった。

挿絵

PROFILE

玉岡かおる
作家。兵庫県在住。1989年、神戸文学賞受賞作『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)でデビュー。著書多数の中、『お家さん』(新潮社)で第25回織田作之助賞。文筆のかたわら、テレビコメンテーター、ラジオパーソナリティなどでも活躍。