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せとうち美術館紀行 第2回 大塚国際美術館

大塚国際美術館 世界の美術館を楽しもう!

大塚国際美術館に関しての対談3

市民に開かれた美術館、美術ボランティアの活躍

山木:
システィーナ・ホールでは、実際の婚礼も行なわれたのですか。

平田:
2004年に、後藤田正純代議士と女優の水野真紀さんの披露宴を行ったのが最初です。その後、ぜひこちらで結婚式を挙げたいという希望が一般の方々から寄せられました。美術館を人生の晴れの場に選んでいただき、喜んで頂くのも私たちの使命かと思いまして、今年の4月から、スクロヴェーニ礼拝堂で挙式を挙げることが出来る、OTSUKA MUSEUM WEDDINGがスタートしました。月に限定2回継続して行なわれています。

山木:
そのお話から、市民に開かれた美術館、そして市民のニーズにこたえる美術館、という道を積極的に開拓しているな、という印象を受けました。
とりわけ市民とのかかわりが深いな、と思っているのは、美術品の解説を一般の市民の方々、美術愛好家の方々がボランティアとして担っておられるというところです。
いま、日本中、そして世界中の美術館関係者が、どのようにボランティアの方々の協力のもとに、美術館を活性化できるのか模索しているところです。この美術館では、ボランティア組織からの協力を積極的に受け入れていると思うのですが、他館にとって参考になると思いますので、こちらでのボランティアの方々の役割などについて教えてください。

平田:
当館は展示空間も広く、展示数も膨大ですので、初めての方が入って、作品をどう見たらいいのかわからない場合もあるようです。そこで、私たち美術館スタッフが作品を解説させていただくことにしています。
しかし、当館スタッフだけでは、とても入館者のご希望に沿うサポートには無理があります。このようなことから、2001年10月にボランティア組織を立ち上げさせていただきました。現在は男性17名、女性は61名、計78名の美術ボランティアの方々に、1日6回、それぞれ時間を決めてご案内していただいております。

山木:
78名ものボランティアの方がいらっしゃる。それは非常に画期的なことだと私は思います。おそらくボランティアガイド一人ひとりが試行錯誤されているかと思います。質的な向上をめざして、ボランティアさん同士の研究会などは開催されているようでしょうか。

平田:
美術の先生もいらっしゃるので、その方を講師として勉強会も開催していますし、質的な向上を目指し自主的に会則を決めてガイドの上達に励んでおられます。ガイド終了時にお客様から拍手されるのが一番うれしくやりがいを感じているようです。

山木:
自分たちが好きな名画について、鑑賞する方といろいろな話ができる機会というのは、ボランティアガイドさんにとっても、非常に貴重で楽しい経験だろうと思いますね。

平田:
そうですね。コミュニケーションの場面では、ボランティアさんのキャラクターも生きてきます。得意な分野・ジャンルもありまして、どの人にも個性があり、魅力があると思います。
共通しているのは、ボランティアの方々はみな、ご来館の皆さまが喜んでいる顔を見るのが自分の喜びだという思いを抱いているところです。それが、なごやかな雰囲気のなかでの鑑賞という当館の特徴につながっていると思います。

山木:
なるほど。また、専門的な知識をお持ちの学芸員もしっかりそろえていらして、教育館としての意味合いが強いですね。 井上さんは、ボランティアについて何か感想はありますか?

井上:
はい。実は、「地域文化財教育活用プロジェクト」の一環で、鳴門市の小学4年生の全員がこの美術館に来てくれています。そこでは対話しながら絵をみていく、という活動をしているのですが、ボランティアさんにもご協力いただいていています。方法としては、子どもたちが絵を見ながら、どういう内容、どんなストーリーがこの絵に隠されているのか考えながら、鑑賞する方法です。その問いかけをしたり、子どものお話を聴いてあげる役割をボランティアさんたちが担っています。
おばあちゃんと孫というくらい、子どもたちと年が離れているボランティアの方の場合も、共に、とても楽しそうに絵について話し合っています。

最後の晩餐の修復前・修復後の同時展示

山木:
1カ月に2万人くらいの入館者数を記録する美術館ですが、とりわけ入館者数が多かった企画がありましたよね。たとえば、ダ・ヴィンチ・コードの小説と映画がヒットしたときに、こちらにも、それに呼応するような企画を組まれていたと思うのですけれど。
あれは「最後の晩餐」の修復前・修復後の展示が、こちらに出来てから、どのくらいの時期でしたか?

平田:
3年ぐらい後ですかね。

山木:
その「最後の晩餐」の修復前と後を見せるこちらの企画は素晴らしいものですね。それは、本国イタリアでの修復の完成を契機にして始まった大掛かりなプロジェクトだったと思います。一般に、文化財は修復してしまうと、修復前の画像は失われてしまわけですが、こちらの美術館では、修復前の絵画も見ることができる。
そしてもちろん、修復後に現れたダ・ヴィンチそのひとが、最初に描いた作品の姿も見ることができる。
両者を比較することの意味について、どう思われますか?

平田:
「最後の晩餐」の修復前と修復後の絵を同じ室内で見られるということは、非常に画期的なことだと思います。陶板名画の美術館だからこそ、可能となった画期的な展示方法です。もはや、修復前の画像をあのスケールで見ることができる場所は、当館以外に地球上どこにもありません。
修復後の画像を見たあと、振り返り見れば、修復前にわからなかったことが、自分の目で確かめられる。「最後の晩餐」の部屋は、そういう発見の歓びを引き出せる場なのです。

山木:
確かに、修復前の作品があることによって、現代科学の粋を集めた「修復」という技術の意味や意義、水準もわかるわけですよね。修復してわかったことは数多くあるのですが、見ている方は、どのようなことに興味を持たれていますか?

平田:
イエスの口が開いていたことが、修復後に分かりましたよね。十二使徒を従えたイエスが最後の晩餐で、「君たちよく聞きなさい。この中に私を裏切る者がいる」とおっしゃった。あれは、その瞬間の絵なんですね。この話は、画中に描かれているユダの話にまで発展して、お客様との対話が弾みます。

山木:
おそらく呟くように静かにイエスが言った一言が、使徒たちに伝わって大きな衝撃になった。イエスの口が開いているのを確認できるから、その劇的な一瞬がどうしておきたのか、理解が可能になるわけですよね。「なんでこんなに、みんなうろたえているのか」ということがね。そういう意味では修復の意味というのは非常に大きかった。この絵の中にある透視図法についても、技術的なことが見えてきましたよね。

平田:
イエスの右のこめかみにポツンと黒いモノがあった。「これはホクロかな?」と思っていたら、そうではなかった。これには驚かされましたね。

山木:
技術上、透視図法を作るために、この部分にフックのようなものを立てて、そこに糸を張ったと言われています。透視図法だと中央の1点に集約されますが、これがちょうどこめかみのところにあったということが、修復してわかったことの一つですね。このように、修復によって、ダ・ヴィンチの意図や工夫がたくさん見えてきた。そして、この絵にかける彼の意気込みもまた伝わってきたわけです。 修復前には、いろいろな人の手が加えられていたわけですが、これも私は全否定するつもりはありません。落剥する表面をなんとか繋ぎ止めたいという努力の数々が、皮肉にも、結果としてはオリジナルを傷め続けてきたわけですが、その営みから学ぶものは大きいと思います。たとえば、文化財保護の精神をそこに読み取ることは可能だからです。

セラミックアーカイブ

山木:
文化財の保護という点では、陶板による名画の複製をつくるということ自体、意義がありますね。

平田:
陶板名画による美術館ができたとき、文化財保護という観点からの評価の声はそれほど大きくはなかったと思います。オリジナリティー崇拝の裏返しとして、当初は当館の意義を理解してくれない人もいました。 しかし、すべての美術品を原寸大で臨場感を伴って、陶板で再現している意味が、いまや広く認識されています。大塚オーミ陶業が開発した陶板への画像の焼付けの技術は、世界で一番優れていると思います。いずれは朽ちていく美術品を、すべて陶板で残していくことが、セラミックアーカイブ構築の役割であると信じています。

山木:
いま、おっしゃった、セラミックアーカイブという言葉は新しい概念ですね。

平田:
木や紙などに描かれた美術品はいつか朽ちていくものです。重要な文化財の画像データをそのまま保存できるというのは、陶板という素材のメリットです。千年後、二千年後にまで、保存することができる数少ない素材の一つです。
ですから、単なる複製としてではなく、貴重な文化財にかかわる精密な情報を残すために開発された方法という観点から、陶板名画というものの存在を理解して頂き、そこから大塚国際美術館を評価していただきたいと思います。

山木:
入館者の方々の反応を私なりに見ていて気づくのは、タッチがリアルに再現されていることに多くの人が驚いていることです。 自分もその例外ではありません。マティエールといいますか、光沢といいますか、大塚国際美術館にあるホドラーの「選ばれしもの」の画肌には、ほんとうに驚かされました。実際に原画を見たことがあるのですが、あえてつや消しをしたマットな質感が完全に再現されていたのです。派手な絵ではありませんが、高雅なたたずまいの魅力的な作品ですので、ぜひ、見ていただきたいと思います。 

平田:
ゴッホの作品にも作家の筆致がよく再現されていると思います。レタッチといって、専門家が原画のタッチ通りに再現しているわけです。

山木:
額縁も非常によく出来ていますよね。こちらの美術館では時代性を考慮した額縁を使われていますね。

平田:
作品を撮影したときに使用されていた額縁を再現するように務めています。
エル・グレコの大祭壇衝立復元に関しましては、ナポレオン戦争によって散逸した祭壇画を再現いたしました。時代考証・学術的研究によって、当時の展示形態と額縁の姿を推定し、その形をもとに、額縁製作を北イタリアの町ヴィチェンツァの業者に発注しました。なんと2年余りの歳月と、膨大な費用をかけて、再現できたものです。

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