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せとうち美術館紀行 第4回 今治市玉川近代美術館

今治市玉川近代美術館 世界の美術館を楽しもう!

今治市玉川近代美術館に関しての対談3

郷土展やコラボレーションなどの企画展で
美術の楽しみ方を見つけるキッカケに

井上:
では、企画展についても教えてください。これまで行ってこられた企画展のなかで、印象的だったものだとか、特別楽しかったものなどについて伺えますか。

白石:
はい。色々とやりくりしながら行ってきました。平成16年に、これは玉川町時代でまだ合併していなかったときですが、大川美術館と非常につながりがあったので、大川美術館の作品を移動展の形で仕組んだり、377点の館内の作品の中からテーマを決めて選んだりしたことがありました。本当に小さな企画展でしたが、当館に見合った企画展であったかな、と私は思っています。
そのあと、合併してからは大川美術館さんとのつながりはあまりなくなりましたので、館のもの、合併後の今治市とのコラボという形で企画展をやってきました。
入館者が多いから良い展覧会とは限らないと思いますが、やはり地元の方から一番に喜んでいただいたのは、郷土の作家展でした。一番わかりやすいですし、身近です。
特に『野間仁根(ひとね)展』、のまひとねという大三島出身の作家で、中央画壇ではそんなに売れてはいない作家ですが、地元の人は、みなさんコレクターもたくさんおりますし、非常に身近な作家でした。その作家さんの近所の方とか遺族の方とか知り合いの方とかどんどんいらして、色々な話をし出すんです。作家ってこういう方だったんだな、とか。これは、とても良い企画展になりました。
また、一番うけなかったのは、なぜかヌード展でした(笑)。ここの美術館は、版画とかデッサン合わせて3割方ヌード、抽象画のヌードが多いんですよ。これは私も一度はやっておかないと、と思いまして行ったんですが。子どもたちにも具合が悪いぞ、なんて声もあり、学校の子どもたちも招待はしなかったんです。
やはり分りやすいもの、見て、これだ、と安心しないと何かいているかわからない、「これ何が描いてあるんですか?」などの質問を受けることもありますが、何を描いてるんでしょうね、としか言えないんですね。好きなように見てください、とお話しても、イマジネーションがどこまで広げられるか、というのもあって、あまり面白くないということにもなります。
特に今は、はっきり分かってきれいな日本画や版画など、そういったものが安心して見られる、というのがあるのかもしれません。そういう作家のものが多いです。
わからないものを、わからせようとするのは、クリエイトする者は非常にしんどいんです。だけど、それに対しての反応がないと、ガクっときてしまう。
抽象画も、なんらかの方法でみなさんに楽しんでいただけるようになれば、というのが私の課題でもあります。

井上:
それぞれ賛否両論あるんですけれど、最近の美術鑑賞教育では、大人向けであっても子ども向けであっても、声に出してみよう、というのがあります。
お互いにこう思ったとか、この部分から私は昔の何々を思い出したなど、自分とのつながりを語っていくことによって、ああそう言われてみると、私はここのところこう感じたわ、なんて抽象作品であっても立体作品であっても、感想が出てきて、共有していく中で、あくまで学芸員さんは「ああ、そうですね」など頷き役ぐらいでいて。そうすることで、先ほどおっしゃっていた、安心して見られる、共有されていく、というのがあるかと思います。あ、それでいいんだ、と現代美術や抽象画のおもしろさに触れられるかもしれませんね。

白石:
そうなんですよね。ポン、と離してしまうと、不安になるようですけど、ちょっとコメントを『こういうふうにも見えませんか』と言うと、ああ!と納得されますね。

井上:
作家自身も悩みながら、ですしね。

白石:
そこが奥が深いというか、美術の楽しみでもあるわけですし。

井上:
こういう見方もあれば、こういうふうのもある、と諸説紹介するのもいいと思うのですけど、ご自身で感じたり、周りと共感したり、やりとりするのも抽象画の面白さなのかなと。

白石:
ええ、ここは抽象画や心象画が大変多いので、それはぜひやらせていただきたいです。

井上:
例えば、今月の目玉作品、というのを出して、あとから来た人も読める何かをおいておくなど、最近ポストイットなどが置いてあって、感想をひとこと書いてペタペタ貼っていく、なんてことをしたり。ああ、この人これ好きなんだ、私もそう思ったのよね、なんて鑑賞者のつながりや体験の共有が残っていく。(書き込み欄に)少しおしゃれなデザインをするなど工夫もいいかもしれませんし。

館蔵作品を生かした、コンサートや朗読会で
作家の世界観をひも解く試み

井上:
今後、美術館として力を入れていきたいと思われていること、文化の予算がカットされていく現況は、国として残念なことだと私も思うのですけど、そういった中でも何かお考えのことがあれば教えてください。

白石:
今年の2月に、館蔵作家の中で村山槐多(かいた)という画家がおります。なかなか作品も寡作ですので、1点しか所蔵していなかったんですが、村山槐多展を、本当はしたかったんですけれど、集めると莫大な費用がかかること、また22歳5か月で亡くなった画家ですので、作品が少ないこともありました。それで作品は集めることができなかったんですが、彼は詩を書いたり、小説や戯曲も書いていましたので、詩だったら印刷をして詩集を作ったりできますし、みなさんも読めるし、ということで。また、当館にたった一点しかない作品ですけれど、みなさんに、村山槐多という画家について理解していただけるかな、という思いで2月20日の命日に行いました。詩の朗読に、バイオリンとフルートを中に入れて、『村山かい多 詩集朗読コンサート』をやったんですよ。そうしましたら、反響がありまして、とてもよかったんです。そういったことで、作品がなくても、作品を全国から集められなくても、何か関連したもので、みなさんに具体的にアピールできることがあるのではないか、と思っています。
幸い、手前味噌で恐縮ですが、当館では近代洋画の作家たちを大体は網羅していると思いますし、筋もはっきりしていますので、考え方によっては、作品は少ないけれども、何か企画ができる可能性がいっぱいあるんですね。ですから、この美術館でなければできないこと、ギャラリーコンサートも、大きな美術館でしたら普通のことなんですけど、小さい館ががんばった、というのがまたいいのかな、と思いますので、館蔵作品を生かした企画展を行いたいと思います。

井上:
ええ。これからのご時世、美術品を増やして、というよりも、すでにあるもの、館内作品から周辺環境もそうだと思うのですが、いかに多くの市民に向けて発信していくかが大事かもしれませんね。
2月に大変すばらしい企画を行われて、五感に訴えていらっしゃるのがいいな、と。

白石:
表現こそ違えど、アートはすべて五感に訴えるものなんですよね。絵だけとか、講演会だけとか、お決まりのものではなく、もっと意外性を持ってアピールできれば、と思います。

井上:
これは世田谷美術館の例なんですが、地元のアーティストだけではなく『誰もいない美術館で』という、館が閉館した後の時間に、お客さんのこない時間にあえて踊りを取り入れたワークショップを行っていました。館内作品を見たあと、自分で、踊りによってどう感じたかを表現するという。

白石:
ああ!それはいいですね。

井上:
それが、普段、足を全然運んでくれない中学生とか高校生を集めて呼んでいるうちに、大人も踊りたいというふうになって。何年も続いているものがあります。
そんなふうに、言葉だけではなく、絵をかくのもそうでしょうし、体を動かすのも、演奏もそうでしょうし。こちらの作家の作品を見てどんな動きを思いつきましたか、などという楽しいものや、企画する側も見る側も楽しめる場づくりができるのでは、と感じます。

井上:
これから予定されている企画などはどんなものがありますか。

白石:
今ちょうど準備に追われているのが、開館23年目にして初めて、『松本竣介展』を行います。当館を設計したご子息の松本莞氏をお呼びしてギャラリートークなども予定しています。莞さんお持ちの作品も、お借りすることができると思います。

井上:
先ほど、こちらでは松本竣介という作家が軸になっているとおっしゃってられましたが、よく知っている方、名前しか知らない、まったく知らないなど、様々な人々が来られることと思います。その人たちのどこかに響くようなアプローチ法をとられるのが大切なのかな、という気がします。せっかく企画展で造作物をつくられたなら、後々ずっと置いておいても使えるもの、一石二鳥と申しますか、今後来館したときに、松本竣介というのはこの美術館にとってとても大事な作家なんだとわかるような何か展示ですとか、パネルとか、それを見て、ああ、この美術館はそういう意味があるんだ、と理解できるといいのではと思ったりします。
ひとつ、大変おすすめしたいことがあるのですが、『国際観光学を学ぶ人のために』という本の中で山本謙二さんが書いてられる「アートツーリズム 観光者と鑑賞者」という章があります。観光の視点からいえば、バスでドドドっとお客さんが来て、またドドドっと帰ってしまう、観光の業界の人たちにとっての役割は、場所まで安全につれていくことでした。それから以降はご自由にどうぞ、という形で。今まではとりあえず連れていって、中で時間を過ごしてさえもらえれば鑑賞したことになるって思われてきたんですね。
でも山本さんたちは、作品を前にして見るというのは、ただそこに物理的に立っていれば人は見るのか、というと、そうではない、そうじゃない見方、鑑賞するということをツーリズムではどうやっていいのだろうと論じてられていて、解決策がいくつか提示されているんです。
こちらの美術館でも、まずは美術へのハードルを取っ払うような、自由に見てください、とか、自由に感じてください、と、その中でもとくに、松本竣介さんの言葉なりメッセージなり、お写真とかもあれば、『あ、この人本当にいた』、というさわりができたり、『私のいとこに似てるかも』なんて個人的な感想があったりして、つながりが生まれてくると、すごく大事な企画展になるのかな、という気がします。

白石:
ええ。松本竣介をわかる展覧会にしたいです。むずかしい心象は自由ですが、なるべく一画家としての松本竣介が分かるような展示をしたいと思っています。

井上:
作品を描いたときに、こんなことをつぶやいていたとか、思いがあったとか。

白石:
幸いにも、資料はものすごくある作家なので。(資料のない人は非常に困るんですが)エピソードもありますし。いいものにしたいと思います。

井上:
それらを形にして、見やすく、伝わりやすくしていただけると、見た人にとても響くんじゃないかと感じます。

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