土佐伝統の蔵づくりを思わせる堂々とした建物が美しい「高知県立美術館」。マルク・シャガールの作品1207点、写真家・石元泰博の作品1万点以上と世界的なコレクションを誇り、現代美術や高知ゆかりの作家を紹介する企画展も数多く開かれています。ホールや能楽堂も併設し、美術だけでなく、ダンス、演劇、音楽、映画など幅広い芸術文化に親しめる拠点です。
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高知県立美術館に関しての対談1
■出席者
鳴門教育大学大学院教授 山木朝彦さん(以下 山木)
高知県立美術館館長 藤田直義さん(以下 館長)
同館主任学芸員 影山千夏さん(以下 影山)
同館主任学芸員(現・高知県文化財団企画課長) 河村章代さん(以下 河村)
■対談日
2010年10月11日(祝)
高知県立美術館設立の経緯
山木:
高知県立美術館の設立は今から何年前ですか。設立時の目的や理念は今に生きていると思いますが、それについてお話しいただけますか。
館長:
開館記念日は1993年11月3日です。今年で17周年になります。それまで高知県には県立美術館というものがなく、高知県立美術館構想検討委員会の中で話し合われた末にこの場所に開館しました。
設置目的は、「優れた作品の鑑賞の場として、また気軽に楽しく創作に親しめる美術館として、広く県民の美術に対する眼を養い創作意欲を高め、芸術文化における豊かな活動を引き出し、県民の文化意識の一層の向上に寄与するとともに、芸術文化の総合的発信基地となることを目的とする」と、どちらかといえば、一般的な印象かもしれません。芸術文化の総合的な発信基地としては3つ項目をあげています。ひとつ目が「県民のための美術館」、ふたつ目が「生涯学習としての美術館」、みっつ目が「幅広い文化活動の交流の場としての美術館(美術館・ホール)」です。この3つの活動を行うことによって、芸術文化の発信基地になるということです。
山木:
お話を伺って、とくに幅広い芸術文化の発信基地と言うところに心ひかれました。こちらの美術館では単に視覚美術といいますか、絵や彫刻だけでなくて、幅広い活動をされていますね。とくにパフォーマンス、身体活動を伴うような活動を取り入れられているというのが特徴かと思いますが、ホールを併設されているメリットは何でしょうか。
館長:
当時は高知県立県民文化ホールという、1504席と500席の2つの会場を持つ館しかありませんでした。そのため利用率が非常に高く、もっと地方規模のホールが欲しいというのがその頃のニーズでした。
それで、高知県立美術館ができるときにあわせてホールをつくったらどうかという発案があったようです。そうこうしているうちに高知県能楽協会のほうからも能舞台が欲しいという要望があり、可動式の能舞台を併設した399席のホールが美術館の中につくられたというのがいきさつです。
私が赴任したのは開館して半年後の翌年4月1日で、それまではここにいる影山や学芸員が美術館・ホールの事業まで考えていました。美術館・博物館には学芸員がいたのですが、当時は箱物行政という批判の言葉があるように、建物は造られたものの、劇場やホールにはソフトを考える企画担当者がいないというのが普通で、それではいけないということがよく言われていました。そこで当時の県知事の橋本大二郎さんが、「ホールをつくった以上は担当者がいる」と考え、たまたま私がその任にあたり、今に至っているわけです。
ホール併設のメリット
館長:
美術館の中にホールが併設されているのは本当に大きなメリットがあります。今は各地の美術館がさまざまなコンサートやダンス公演に取り組んでいますが、大きな舞台があるわけではないので、講堂みたいなところや中庭や廊下などでやっています。
山木:
苦肉の策でやっておられるわけですね。
館長:
そうです。逆にそのほうが最初からちゃんとした舞台があるよりもいい面もあります。しかし大きな公演はやはりできない。
高知県立美術館では399席のホールを併設したことで、本来なら美術という、いわゆる芸術の中の一つの分野しか提供できなかったところに、ダンス、演劇、音楽、さらに35㎜の映写機が入っているので、映画も上映することができます。また、能舞台も実施できることから、高知県下で芸術活動に関心のある方や自分が芸術活動を行っておられる方のほとんどすべての人々が、結果的にこの施設に来るかたちになっています。それが第一のメリットです。
それから、日本に限りませんが、劇場と美術館が分かれているところが多いので、それが一つにまとまることによって、美術の方と演劇の方、ダンスの方と美術の方との出会いの機会があります。
山木:
交流が図られるというわけですね。
館長:
そうです。交流のメリットがたしかにあると思います。あるジャンルの専門家や愛好者もそのジャンルにしか興味がないわけではなく、大抵、幅広く興味をお持ちですよね。だから美術の方が来られても、ここでパフォーマンスをやっていたら見ていく。演劇の方が来られても、その時に展示をしていれば、当然それに興味を惹かれて見て帰ります。このようなかたちで、アーティストの方、芸術愛好者の方々にこの施設への興味や関心を持っていただけます。ひろく県民にとって、ここに足を運べば、さまざまな芸術に親しめるという大きなメリットにもつながっています。
山木:
私も藤田館長と全く同感です。私の専門は美術教育とか美術科教育と言われているものです。この仕事に誇りを持っていますが、時々、もう少し幅広く芸術教育とか、あるいは芸術の学びとか、あるいはアートの楽しみ方とか、そこまで裾野を広げたほうが結果的には美術教育の豊かさを押し広げられるのではないかと思うことがあります。
いろいろな芸術がクロスオーバーして、ハイブリッドなものとしてアートが成立してきていますので、単に視覚・触覚を中心にした絵画や彫刻だけでなく、演劇的なものも音楽も映画も含めて、もっと流動的な、いわばポストモダン的な状況を踏まえたアートを見据えるべきなのではないかなと思っています。そのほうが魅力的ですしね。ですから今のお話を伺って非常に感銘を受けました。
ビジュアル・アーツとパフォーミング・アーツの結びつき
山木:
こちらの美術館のようにホールがあり、幅広い、身体的なパフォーマンスもできるようになると、二つをどういうふうに結びつけようかというアイデアを学芸員の方も練り始め、ホールの方々も考えるようになってくるのではないでしょうか。企画に幅が出てきたのではないかなと思いますけれどもどうでしょうか。
館長:
まだそれは端緒についたばかりのような気がします。例えば、「あいちトリエンナーレ」でも、ビジュアル・アーツとパフォーミング・アーツを探る企画を立てている。つまり、境目が非常に曖昧なのですね。これがパフォーミング・アーツで、これがビジュアル・アーツみたいに分けること自体が難しい状態になってきています。
その中で、実際に当館でどの程度そういった企画が進んでいるかというと、これが意外と難しい。なぜ難しいかといえば、展覧会を企画するペースと、パフォーミング・アーツを企画するペースが違うのです。展覧会の場合だと2年先、3年先を考えて企画を立てますし、パフォーミング・アーツではせいぜい1年前。そこでタイムラグが生じます。大きく何らかのテーマを掲げて、そのテーマとの関連で、美術もあり、パフォーミング・アーツもあり、映画もありみたいなことが可能になればすばらしいと思っています。
美術館の学芸員は美術だけでなくて幅広い知識がありますから、私がAという作家の企画を立てて、当館で行うとなった場合に、その作家のことをよく知っています。だから企画を立てやすい。
例えば、ヤン・ファーブル。美術の作家でもありますけれども、ここの職員は彼の活動の幅をよく知っています。また、今年のホールのプログラムでいきますと、向井山朋子さん。彼女はピアノパフォーマンスを開催(7月18日)しましたが、同時に「越後妻有アートトリエンナーレ」にも出展しています。高木正勝さんのピアノソロコンサートも開催(11月20日)しましたが、この方は映像作家として美術の分野で高く評価されている方で、東京都現代美術館をはじめ映像作品がいろいろなところで収蔵されています。こういう表現者の全貌を学芸員はよく知っています。
このようにアーティスト個人も音楽と美術の両方を行き来しているし、そういう方が増えています。意識的というわけではないですが、そういう方は取り上げやすいですし、当館にふさわしい企画ではないかと思います。
山木:
そうでしょうね。向井山さんはどういう方ですか。
館長:
向井山さんはピアニストですが、とても精力的な方です。能舞台を使ってコンサートだけでなくファッションショーもやりたいということで行いました。
山木:
ヤン・ファーブルはどうでしたか。
館長:
ヤン・ファーブルの企画は2回目になるので本来ならば作品の展示もできればと思っていましたが、経費の問題もあってパフォーマンスを中心にやりました。
山木:
ヤン・ファーブルに関しては他の美術館で展示を見る機会がありますから、それと合わせて見ると複眼的な見方ができるようになりますよね。そういう機会を提供していただいたというのはすばらしいことです。
そう考えてみるとホールがあることで、来館者には、視覚美術だけでなくパフォーマンスも味わえる場を提供することができますね。二つ目はそういうジャンルに捉われない作家の方々に発表する機会を同時に提供することができますね。
ジャンルを超えて関連企画を考える
山木:
これまでお話を伺って感じたのは、職員の方々が蛸壺化したアートを乗り越えて幅が広がっていく、理解が深まっていくということが魅力なのではないかということです。学芸員の方々はどうですか?ホールとの関係を模索することで、企画についてユニークなアイデアがわいてくるとかはないでしょうか。
影山:
展覧会だけでなくて、企画するときには必ずそれ以外のジャンルの関連企画を考えるようにしています。簡単なものでは、映画が企画の選択肢に入ってきます。「福岡アジア美術館コレクション 夢みるアジア」展(2009年5月17日~7月12日)では、芸能の部分からアジアを知っていただこうと企画しました。
山木:
福岡は、大分大学に勤めていた時期によく行ったのですが、アジアとの交流が盛んな地域ですね。福岡アジア美術館のコレクションを展示されるときに、アジアの映画をたくさん上映したのですか。
館長:
出品する国が13カ国もあり、すべてを上映できませんでしたが、その中から8カ国の映画を上映しました。
影山:
ホールの企画の人に考えてもらいました。できるだけ一緒に何かをできるものにしようと。
山木:
ホールは映像も扱えることが魅力ですね。古典芸能から現代演劇、舞踊等のパフォーマンス、そして映画が流せるというのはすごく魅力的です。
館長:
35㎜映写機が導入されているので、当初から映画館でかかる映画を上映できたというのは大きいです。最近は電子データの媒体に変わりつつあるので、35㎜は昔の物になってしまうかもしれませんが。
山木:
アーティストといいますか、美術作家を扱った映画や記録映画もたくさんありますから、それを見ることで奥行きが違ってきますよね。作品を見るときに作品だけでストイックに感じたり考えたりするのではなく、映像でアーティストの姿や感じ方、考え方、思想まで知ると、作品がもっと魅力的に見えることがあります。
館長:
当館では、美術担当にしてもホール担当にしても、一つの展覧会の企画で、あれもできないか、これもできないかと複合的な企画を考えることが当たり前になっています。
山木:
それは他の美術館とくらべたとき、先駆的です。スタッフの方々が常に他の表現媒体では何に関係があるのか、時代背景をおさえて、横断的に他のアートの世界ではどういうことが行われていたのかなどを考えることは、すごく魅力的な企画を生み出しそうです。
河村:
私自身は、最近はあまり展覧会を担当していないのですが、ホールに限らずシアタールームで関連の映像を流したり、何か関係性のあるワークショップを行ったりしています。それぞれが単発でも楽しめますが、お帰りの時に展覧会を見ていただく、あるいはその逆もありますが、一粒で二度おいしい美術館関連企画ができればと思います。
山木:
そうですね。ホールに来られた方々が美術館に流れていって、美術館に来た方がホールのほうに足を運ぶような流れが出てきたら魅力的ですね。
館長:
実際は、これまで10何年やってきましたが、そこまではいかないです。当館の企画とは別にホールで発表会なども行われていますが、その時だけ来てすぐに帰られることが多い。高校生以下は展覧会の観覧が無料ですので、美術館のほうへも足を運んでもらう方法をもっと考えなければと思っています。
山木:
せっかく近くにあるわけですから、動線を結ぶ企画があるといいでしょうね。
館長:
はい。企画しないといけないですね。
山木:
これはちょっと反省を込めて言うのですが、良くも悪しくも教育の成果かもしれない。美術科教育とか音楽科教育とか、とかく教科で考えてしまう…(笑)。美術と音楽、体育の中に入っている創作ダンス、国語のなかの書写や文芸というふうに、小さい頃から枠組みを抱いてしまうようなしくみがあるので、それをどう突破していけるか。少なくとも中学生や高校生あたりから、自由にそういうものを行き来してもらうことが、教育の課題であり、美術館の課題でもあると思います。