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せとうち美術館紀行 第5回 高知県立美術館

高知県立美術館 多様なジャンルの芸術文化を満喫

高知県立美術館に関しての対談4

出前講座で子どもや先生に美術に親しんでもらう

山木:
出前講座はどうですか。どのぐらいされて、どういう学校種が多いでしょうか。

河村:
小学校が多いですね。年間20校から30校ぐらいあります。

山木:
小学校は高学年ですか。

河村:
低学年から中学年、高学年まで全部ですね。

山木:
主として河村さんが行かれるのですか。

河村:
はい。

山木:
お子さんと関わりながら話すのはどうですか。経験値が増えて、慣れてくるとだんだん楽しくなりませんか。

河村:
そうですね。子どもさんはその時々によって全然反応が違いますので、今日はすごくうまくいったと思っていても、次の時に違う学校で同じ作品でやってもなかなか話が弾まないことがよくあります。

山木:
収蔵品のシャガールの話をされることが多いのですか、それとも企画に絡まるようなことが多いのですか。

河村:
内容は先生と相談になります。この前、小学1年生にやった出前講座では、その学校は去年も呼んでくださったのですが、「新聞を破って何に見える?」という図画工作をやるということで、参考になるような絵を見せて欲しいと言われました。

山木:
そういう相談から始まるのですね。

河村:
そういうこともありますし、お任せしますということもあります。

山木:
思いついた形から造形遊びをしようという表現領域がありますね。その出前講座の時はどんな作品を考えられたのですか。

河村:
先生と相談し、去年1回やったこともありましたので、まず想像力を働かせようと考えました。例えば、犬ならわかりやすい犬の格好ではなく、こんな考え方もあるということがわかるように、具体的な作品から少しずつ抽象的な作品へ並べ方を考えるわけです。 最初にやったのは、本当は釣りをしているおじさんなのですが、影絵にするとエビに見えるような作品を見せて、みんなに「何に見える?」と聞きました。すると、「エビ」とか「ザリガニ」とか言うのですね。その次は、当館ではみんながよく使いますが、歌川国芳の「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」という、人が集まって顔になっている作品を見せました。

山木:
なんだか、導入部を伺っているだけでも、とても楽しそうな実践だといえことがわかります。

地域へ出かけて作品を展示

山木:
ところで、学校を利用してこちらの作品を展示されていますね。あれはどういうものですか。

館長:
ハローミュージアムです。

河村:
もともとは移動美術館のようなかたちでやっていました。しかし市町村に場所を借りると経費もかかりますし、「やりませんか」と電話してもあまり芳しいお応えがない。それならば学校を会場にしてやったほうが、効果が出るのではないかと考えました。

山木:
少子化で空き教室があるような学校を会場にされているのですか。

河村:
いいえ、現在使われてる学校の体育館や音楽室などです。ただ普段とは違うところで作品を展示しますから、保存の担当をしている影山などにアドバイスをもらい、11月の比較的気温が安定している時期に、朝早く出かけ夕方には撤収するという一日だけの展示条件で行っています。

山木:
どこに行かれましたか。

河村:
県内各地です。今年は室戸市、土佐清水市、四万十町など比較的ここから遠いところに行きました。

山木:
油彩画も持って行くのですか。

河村:
はい。

山木:
それは心配ですね。時々見に行ったり、立ち会われたりするのですか。

河村:
ずっと会場にいます(笑)。

山木:
それはけっこう大変(笑)。

影山:
こちらで専門の輸送業者さんに梱包してもらって持って行き、展示して、そこでトークもして、撤収して帰ってきます。作品を預けるわけではありません。だから一日しかできないのです。

山木:
なるほど。さきほど教育普及の話をした中では出なかったけれど、これこそ教育普及ですね。主として鑑賞するひとたちは、子どもたちでしょう?

河村:
子どもたちと、地域の方です。

山木:
トークもされるわけだから、良い意味で攻撃的な教育普及、積極型という感じがします。

河村:
アウトリーチの典型的なものですね。

山木:
影山さんもその時に作品の説明をされるのですか。

影山:
はい。年に4カ所行きますが、担当が分かれていますので、それぞれ説明します。

きめ細かいサービスと多様なメニューを提供

山木:
教育普及事業もそうですし、ホールにしてもすごくフットワークが軽いといいますか、動きのある美術館ですね。ブログを見ていても、いろいろな人を呼んで、レクチャーやワークショップ、講演などに関わってもらっている。そういう人材のネットワークは他の美術館と較べて、際立っている感じがします。

館長:
あまり気がつかなかったけれど、そうなのかもしれません。

山木:
他の美術館はもしかすると経費という条件の面から企画やサービスを絞り込んでしまう。しかし、協力者がいると、その問題を回避できそうですね。

館長:
そうですね。でも、どうしても経費はかかってしまいます。これが東京でしたら交通費が必要ありませんから、いろいろなところへ出前講座ができます。地方ですと、まず来てもらい、そこからまた出て行かなければいけないので、かえって経費がかかる。どうしてもそういう制約があります。もっと予算があればもちろんいいのですが。

山木:
もう一つ、こちらの美術館で特徴的と思ったのは、市民一人ひとりに教育普及や鑑賞の機会を提供するために、非常にきめ細かく配慮の行き届いたサービスを提供されていることです。
例えば、耳の不自由な方のために手話をする方がいて、きめ細かなアプローチを行っているとか、外国人の市民の方に英語の通訳がつくとか、さらには鑑賞している間にお子さんを預かる託児サービスなどもされている。これは最初から考えておられたのですか。だんだん、そういうふうに変わっていったのでしょうか。

館長:
いままでこの館に関わってきた館長や学芸員、県からの出向の方など、いろいろな関わりの結果、今の姿があると思っています。少なくとも一律均一な提供をするだけでは、片寄ってしまうという意識はもっています。
ホールの話になってしまいますが、ホールにお客様を一定以上確保しようとすれば、お客様が入るジャンルになってしまいます。たとえば、民俗音楽よりはクラシックのほうがお客様が来られるわけですが、比較的集客の多いジャンルをやればどうしても、特定のジャンルの愛好者だけに片寄ってしまいます。
少数の方々のニーズにも応えないといけませんから、順番にやっていくことが必要ではないかと思っています。集客に苦労はしますが、それを乗り越えていきたいと思います。
一つの企画には何百万円、何千万円とかけているわけですから、そのメニューの享受を一人でも多くの方にしていただくために、誰もが参加できる環境整備をする必要があると思っています。

山木:
総括的になりますが、私は4年前に科研費で国内外の美術館を取材したことがあります。その時に、宇都宮美術館が目の不自由な人のために点字による解説パネルやキットを開発したということを知り、感動しました。世田谷美術館では、塚田美紀学芸員の発案による「誰もいない美術館で」という企画が、演劇や舞踊、ダンスを美術館の中に導入していました。これもユニークです。東京都写真美術館では、映像や写真を積極的に子どもたちや市民に提供しようとされています。こうしたいろいろな美術館の特徴を知って、これらが日本の美術館に普及すればいいなと思っています。
高知県立美術館は、コンパクトにこうした先駆的なコンセプトを兼ね備えている新しいタイプのユニークな美術館だと思いました。

館長:
県の教育普及事業では、そういった先進的な美術館で行われていることや、実験的なこともやってみて、それが当たり前の状態にできればと考えています。実際に職員はいろいろ取り組んでくれています。

山木:
そうですね。

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