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せとうち美術館紀行 第6回 平山郁夫美術館

平山郁夫美術館 日本画の巨星、平山郁夫の足跡を俯瞰できる美術館

平山郁夫美術館に関しての対談4

「絵画コンクール」で子どもの感性を育てる

山木:
ここで教育普及のお話を伺いたいと思います。こちらの美術館は積極的に模写などの企画をされていますね。ホールに飾ってあった子どもたちの作品を見せていただいて、こちらの美術館と子どもたちとの結びつきを感じました。この美術館をどういった形で子どもたちに開こうとされていますか。

成瀬:
絵画コンクールを毎年行っており、今年で4回目になります。現在、ホールに飾ってあるのは、今年入賞した佳作の子どもたちの作品です。「絵日記」「風景」「人物」の3つの部門を設け、全国から公募しました。一番応募が多いのは広島県ですが、愛媛県今治市も熱心でたくさん応募して下さっています。
昨年がちょうどしまなみ海道開通10周年ということで本州四国連絡高速道路株式会社に協力していただき、「しまなみ海道」を描いた優れた作品3点を「しまなみ特別賞」として表彰しています。
平山先生がよくおっしゃっていた言葉があります。「よく観察することは、すべての学問の中心になる。頭で決めつけないで、見たままを素直な心で描くことを大切にしてほしい」と。この絵画コンクールは、第二の平山先生を育てるというよりも、そういう感性を育てることを意識しています。

山木:
なるほど。水彩画でもペン画でも何でもいいのですか。

成瀬:
はい。画材は特に指定していません。ただし平面作品です。
第1回は人物部門がなく、模写部門というのがありました。これは美術館に来ていただいて絵を模写するというものです。平山先生の絵を模写してもらったり、来られなくても先生の絵を模写したものを応募していただいたりして、その中からよく観察して描いている、あるいは、こういうところが優れているという作品を平山先生に評価していただきました。

山木:
平山氏ご自身に評価を委ねていた時期があるのですね。

成瀬:
はい。第3回まで平山先生が最終審査をしてくださいました。第4回からは、平山先生の弟子にあたる日本美術院の田渕俊夫先生にお願いしています。

山木:
何百点ぐらい応募がありますか。

成瀬:
約3000点です。

山木:
日本中から応募できるのですか。

成瀬:
はい。遠くは北海道からも応募いただいています。東北の方は数が少ないので、これからもっと応募していただけるようにと考えています。

山木:
模写部門はなくなったのですか。

成瀬:
はい。平山先生が「身近な人物であったり、家族であったり、そういう人を描いた部門がおもしろいのではないか」ということでなくしました。

山木:
模写部門をなくされたのは平山先生ご自身の発想なのですね。何回目まであったのですか。

館長:
模写部門があったのは第1回だけです。

山木:
そうですか。今がちょうどコンクール作品の展示期間なのですね。

成瀬:
大賞と優秀賞については、今は尾道市立美術館に展示しています。それまでは当館に飾ってありました。今は佳作の展示をしています。

山木:
子どもにとっては、自分の作品が美術館に飾られるのは大変な感動を呼ぶと思います。
美術教育では、フランツ・チゼックという人が、ウィーン分離派展に子どもたちの作品を展示する部屋を作りました。その当時も今も画期的な企画です。美術館に自分の作品が展示されることは子どもにとっても大きな喜びなんですよ。イーゼルに掲げるという展示方法も軽やかな感じでいいですね。

実物の絵をゆっくり、集中して見てほしい

山木:
こちらの美術館の隣に小学校がありますが、子どもたちが来館することもありますよね。幼稚園児や小・中・高校生、大学生がどれぐらい来館して、どんな感想を残していますか。また、そのときに美術館としてはどのような対応をされているのでしょうか。

別府:
小学生が来館されたときは、館内を一緒に回って説明します。その中で気になることがあります。それは課題を設けたり、事前学習をやり過ぎたりしていること。例えば、鑑賞後に一番良かった絵を聞くとなると、そのために子どもたちは絵よりもキャプションのほうを一生懸命見てしまう。

山木:
そうですね。課題に集中するとその作業に追われてしまって、絵をゆったり見る時間が奪われ、全体的な美術体験がなかなかできないですね。

別府:
ええ、だから何か成果を出そうと考えずにふらっと見て欲しいんです。

山木:
キュレーター的な発想からいうとそうですよね。

別府:
特に平山先生の絵は難しい題が多いので、絵よりもキャプションを一生懸命見て、手元のクリップボードに書きいれている時間のほうが長い。そういう鑑賞教育というのはどうだろうかと思います。
美術館の中にはワークシートのようなものを作っているところが多く、そのシートには絵が印刷してあります。そうすると、せっかく実物があるところに来ているのに、印刷しているものを見ている時間のほうが長い。なぜそうなってしまうのかと思うわけです。時々この美術館でもワークシートを作ったらどうかという話が出ますが、私は嫌なのです。

山木:
ためらっているのですね。

別府:
せっかく実物が目の前にあるのだから、もっと実物を見ることに時間を使ってほしい。また、実物を見てどういうことを感じたかという問いかけもよくされますが、それも必要ではないと思います。
誰でも何かは感じます。しかしそれを表現する、あるいは感想文にして書くとなると、途端にハードルが高くなります。大人でも自分の思っていることをきちんと文章に書くのは難しいわけで、今はブログやツイッターなどがあって、ずいぶん慣れているようですが、子どもが見て感じたことを書くのは本当に難しい。たくさん感じていたのに、書いて表現できる範囲が少しだから活字になったものが全部というふうになってしまうのは少しもったいない気がします。ゆっくり見るだけでも、興味がなかったらぼーっとしていてもいいよという鑑賞でもいいのではないでしょうか。
自分自身を振り返ってみても、中学校の美術の時間に、印象派の展覧会が開催されているから見に行こうと行って、感想文を書けと言われるのが大嫌いだったのですよ。

山木:
感想文を好きな子もいますよ(笑い)。
それはともかく、小さい頃から美術館になじんで、そんなに面倒くさいところではない、何か楽しいところ、気持ちが安らぐところ、そして魅力的なところだというプラスの印象を抱いて帰ってもらうのが一番いいですよね。
そういう意味では、美術館を子どもたちに開くという何らかのアクションや働きかけが必要だと思います。その点について、来館された子どもたちにどういう関わりをしようとされていますか。おひとりずつお聞かせください。

館長:
学校単位での来館があれば対応しています。最初は挨拶がてらどういうモノを展示しているかを説明します。全部の絵を見るのは子どもでも半日ぐらいかかります。第1展示室から静かに歩きながら見て回るのですが、誰かが動き出すとみんながつられて競争みたいに動いてしまう、子どもにはそういうところがありますね。
今は子どもでもデジカメを持っている時代ですから、「デジカメでは何でも簡単に撮影できるけれど、絵を描くのは大変時間がかかる。それを考えながら見てください」というのですが、なかなか落ち着いて見てくれません。先ほど別府さんが言っていた問題ですが、何か課題があれば逆に見ます。だから鑑賞の仕方としては二つあると思いますね。

山木:
ジレンマですね。二つともそれぞれ長所と欠点がありますから。

館長:
こういう所に来ると教室と全然違う雰囲気になりますしね。子どもたちがぺちゃくちゃ話し出すことも多く、その時は「館長が話しているのだから、館長の目を見なさい」と言うと静かになります。
その時に誰かがちょっと動くと、「今動いたでしょう」と言います。すると「なぜわかるんですか」と聞くから、「みんなが同じところを見ていて、ぱっと動けばすぐにわかるよ」と言います。要は集中力なのです。だから、最初にそういうことを子どもたちに話します。

山木:
確かに絵を見るには子どもも大人も集中力が必要ですから。好きな子ならいいのですが、例えば40人来たうちの何人かが全く興味がなく、そういうことをすると全体に影響が及んで、落ち着いた鑑賞ができなくなりますね。

館長:
でも、本当に平山郁夫の絵が好きできてくれる子どもも多いのですよ。連動する絵画コンクールも盛況です。その表彰式には、今年は約200名が出席してくれました。9割の出席率です。これまでで一番遠くから来てくれたのは2年前、大阪府八尾市からです。幼稚園の年中組の子どもが入選した時に、保母さんとクラスの子どもたち10数名が来てくれました。新大阪に集まって福山から在来線に乗って船で来たと言って、みんなにこにこしていました。

山木:
それはすてきですね。
ところで、入口に「模写用のセットを貸し出します」と書いてありますが、これは何ですか。

館長:
この美術館で模写をすることができます。手ぶらで来られても道具をお貸ししますので大丈夫です。来館して模写を申し出る子を眺めていると一生懸命描いています。家族全員で描いている場合もありますね。

子どもたちに絵を見る視点を提示

山木:
成瀬さんは、子どもたちとどのようにかかわろうとされていますか。

成瀬:
子どもたちというのは絵を見ようとする子もいれば全然見ない子もいて、人の話を聞けたり聞けなかったりします。絵はいろいろな見方があると思いますので一概にこういうふうに見なさいということは言えないのですが、子どもは何を見ればいいのかわからない部分があると思います。そこで、何が描かれているか、どういう場面であるか、どうやって描いてあるかなど、どういう所を見れば良いかという視点を与えてあげるといいと思います。私自身も何をどう見たらいいのかわからないという体験がありましたから。
以前、小学校3年生ぐらいの子どもたちが来てくれたときは、岩絵具の原石があったので、それを取り出して、「この絵はこういうものを使って描いたんだよ」とか、「この色はこの絵の中でどこに使われているか探してみよう」と語りかけると、すごく反応してくれたことがあります。

山木:
貴重なラピスラズリみたいな岩石が顔料となって、ここに使われているというふうに見せたら、子どもたちははじめ連想がつかないだけに、びっくりするでしょうね。

成瀬:
びっくりしますね。チューブに入った絵の具しか見たことがありませんから、まず石が絵の具になるということに驚きますし、油絵でも水彩でもその石を使っていると説明すると、驚いて目を輝かせます。
また、「求法高僧東帰図」の絵の前で、「このお坊さんたちは暑いのかな、寒いのかな、どういう風に感じる?」と語りかけると、「暑いと思う」というように答えてくれます。

山木:
感情移入をさせてみるということですね。

成瀬:
はい。小学校の先生も子どもたちの反応をみて、「そういうことまで言えるのですね」「子どもたちが絵を見てどんなふうに感じているということを初めて知りました」と驚かれていました。ですから、絵を見るとっかかりみたいなものを与えてあげたいと考えています。

山木:
その中には、きっと人間・平山郁夫の見せ方みたいなものも含まれているのではないでしょうか。

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