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せとうち美術館紀行 第8回 徳島県立近代美術館

近現代美術の多彩な魅力を堪能

徳島県立近代美術館に関しての対談4

鑑賞教育と表現活動を結びつける「鑑賞シート」

対談イメージ

山木:
教育普及に関してですが、鑑賞のワークシートに同時代の作家を盛り込んでつくられていますよね。私自身が創設に立ち会った「鑑賞教育推進プロジェクト」で作り上げたシートには、大久保英治さんのものがあります。学校であのシートを活用して授業をすると、同時代美術であるということで子どもたちの感じ方や考え方の反応がいいとか、受け取り方が違うとか、そういう感想はないでしょうか。特に現代の日本の作家の鑑賞シートはいかがですか。亀井さんは高校の先生でしたよね、何かありませんか。

亀井:
学校の現場では大久保シートは使ったことがないんですよ。ただ今回、こちらの美術館に異動となって初めて牟岐小学校に出前授業で呼んでいただいたときに、「ぜひ大久保シートを使って一緒に授業をしたい」という申し出がありました。

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山木:
それは小学校のほうから希望があったのですか。

亀井:
はい。大久保さんは牟岐でも作品を作られていて、その作品を見せると、子どもたちが「あれはなんとか島じゃ」とか「ここ知っとぉ」みたいに言うんですね。子どもたちが自分たちの身近な町や自然が作品になっているという驚きを持っていることをストレートに感じました。

山木:
大久保さんの場合はインスタレーションでその土地の空気や地場というものを生かしていますよね。牟岐は徳島から見るとどの辺にありますか?

亀井:
だいぶん南です。

山木:
県南で、高知に近いのですか?

江川:
そこを走っているJRが牟岐線ですから、その行き着いたところです。

山木:
そのシートを使った子どもたちの反応を詳しく教えてください。

亀井:
1時間目はシート通りに授業をやりました。その後は子どもたちとカメラを持って中庭に出て、チームでインスタレーション、造形遊びに取り組みました。そして撮った写真を持ち寄り、スライドに映し出して、作品にその場で名前を考え、全員の作品を鑑賞しあいました。「あんなところを見つけたんだね」「こんなふうに見える」、そういう驚きが子どもたちにはあったと思います。3時間ぐらいかけて先生と授業をし、給食も一緒に食べさせてもらってとても楽しかったです(笑い)。

山木:
大久保さんを扱った鑑賞シートをつくるときは私もかかわらせていただいたんですけれど、このシートの良さは鑑賞教育と表現活動を結びつけているところですね。鑑賞は鑑賞だけで独立させても扱えるわけですが、何か見たことをひとつのきっかけにして自分で表現してみたいという流れが生まれると、学校サイドとしても非常に喜ばしいことなのだろうと思います。

亀井:
小学校では造形遊びはインスタレーションの性質が非常に高く、活動途中の評価はできてもその作品がなくなってしまうので形に残しにくいんですね。しかし、この方法で写真として作品を残して、題名を書き、そのときの思いを子どもが言葉で書き留めておくという流れは、少なくとも小学校の先生方にとって魅力ある題材なのではないかと思います。

山木:
できあがった鑑賞シートを見てみると、地域に密着してつくられたものがいくつかありますね。鑑賞シートの先駆けになった日下八光さんのシートは私自身も愛着がありますが、阿南の海を描いたものを扱おうということになりました。そのきっかけは、我々の研究グループで開発グループにいた先生が鳴門教育大学附属小学校にお勤めになっていて、よくこの阿南の海に臨海学校で行っていたそうなんです。まず自分のクラスで使ってみたいという時に、親しみのある阿南の海を扱ってみようとこのシートが生まれたんですね。 三宅克己さんも有名な作家ですけれど、三宅さんの鑑賞シートについて、森さん、お話しをいただけますか。

森:
三宅克己は風景画家ですから、風景の鑑賞をどうしたらしやすいかというのを考えてつくられました。風景の中に入って旅をしてみようと、子どもたちが風景の中に入ってどんなことを思うかということから鑑賞がスタートできるように工夫されています。学校で子どもたちが一番よく使う水彩絵の具で描かれた水彩画家の作品ですので、どうしたらいい絵が描けるのか、いい色が出るのかという工夫にもつなげられます。これも鑑賞と表現をつなげて用いることができるシートなんですね。

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山木:
そうですね。このワークシートは「鑑賞教育推進プロジェクト」という研究開発グループから生まれてきたものですが、そこには学芸員の方3名、小学校中学校高校の先生方がそれぞれ2名前後、そして大学の教員、さらに教育委員会の指導主事の方がメンバーに入っています。このように学校教育との連携を視座に据えてしっかりと開発しているワークシートや教材というのはあるようで案外少ないんですね。全国の美術館をいろいろ聞いて歩くと、確かに先生方は入っているんだけれども教育委員会の方が入っていないとか、大学の教員と組んで開発しているんだけれども現場の先生方との関係が薄いとかいろいろなパターンがあります。「鑑賞教育推進プロジェクト」では、教育実践を多角的に考えた構成になっていると思います。

ところでこの鑑賞シートは、美術館に行く前と事後に使え、当然美術館の中でも使えます。 小中学校の先生方や高校の先生方にうかがうと、事前にこういうシートを使って学習している方が、美術館に実際に来て作品を見るときも集中して見る、意欲的に見る、関心を持ってみると言われています。このシートにはそういう教育的効果があるのではないかと思います。最初は手探りで作り始めたシートですが、メンバーの中に極めて優秀な提案をたくさんされる方がおられ、鑑賞遊びという発想法などをベースに子どもが活動できるシートの色合いが強くなってきました。それは、現在、福井大学にお勤めの濱口由美先生という方が考えられた方法論で、遊びながら子どもたちが自分の主体的な感じや考えを述べるパートをこの中にしっかり組みこもうという発想法なんですね。そのなかでも代表的なのが「シーがるた」というシートです。どなたか使われましたか。

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森:
「シーがるた」は、屋外展示場にあるアメリカの作家のジョージ・シーガルの彫刻作品をいろいろな角度から写真に撮り、それを絵札にして、読み札を子どもたちに考えてもらうというものです。その読み札をどの写真から読んだものかというのを当てっこする中で作品をよく観察したり、自分の感じ方を確認したり、友だちの感じ方や考え方を知ったりすることができます。これは本当に楽しいですね。 一昨日も出前授業に行ってきました。シーガルの作品だけじゃなくて、いろいろな作品を使ってどの作品から読んだのかという応用もできるんですね。学校の授業でもポスターぐらいの大きさに引き伸ばした作品を持って行き、当てっこしてもらいました。このシートを使うと、ふだん、発言しない子が主体的に発言できるんですよ。それはどうしてかというと、意見を出すことが大事という鑑賞活動の基本を押さえているということです。学校の勉強では間違えるとバツがつきます。だけど、これは自分の感じ方が大事で、交流することで人の意見もわかるし自分も認められる。友だちから自分の考えがきちんと認められることによって、自己実現の感覚を掴むことができます。

山木:
しかもこのシートが良くできているのは、どの部分を見て、どういう雰囲気をつかんで、お友だちはカルタの読み札をつくったのだろうかと考えることが、注意深く作品を見る機会にもつながっているんですよね。

森:
そうです。

山木:
現在、鑑賞シートは9種類ありますが、それぞれのシートに指導の手引きがあり、それをこちらの美術館のホームページからPDFで取り出すことができます。この仕組みを作られたのは竹内利夫学芸員ですか。

森:
はい。コンピュータに詳しい竹内学芸員がいろいろ工夫してホームページを充実させてくれています。

出前授業を通して教育現場とのかかわりを深める

山木:
出前授業はどこの美術館でも行われていますが、こちらは頻繁に数多くの小中高校、保育園や支援学校に行かれているそうですね。

館長:
今月や先月は多いですね。時期にもよりますが、今年は去年よりずっと多いですね。

森:
2倍以上、いえ、もっとあるでしょうか。

館長:
もっとですね。

山木:
出前授業の数の多さにこちらの美術館の底力を見る思いがします。 また、出前授業だけでなくて、ギャラリーに来た子どもたちに対するギャラリートークもされていますね。学校単位で来館されるケースが多いと思いますが、これもかなりの数ですか。

江川:
幼稚園から大学まで来られていて、最近は大学がよく来ています。人数でいえば2000人ぐらいになります。

山木:
通常ギャラリートークというと展示解説をして子どもたちにも接する美術館が多いですが、こちらは対話型的な手法をとられていますよね。

森:
クイズを使ったり、シーガルの遊びを導入したりしています。

山木:
アンケートはとられていますか。

館長・江川:
とっていないですね。

山木:
その部分を充実されるといいですね。

館長:
時々、「楽しかった」というお手紙はかなりの数いただきます。

山木:
そうですか。

亀井:
学校からの要請が多いですが、回数を増やすにつれお任せではなく、「こういうことをやってみたい」「小学校の放課後のクラブ活動で絵手紙を書かせたいんだけれども」と、先生方の要望を聞く機会が増えているように思います。先生方の意識がちょっとずつ変わってきたのでしょうね。最近では、きめ細かな打ち合わせを行ってから、実施する流れも多くなりました。

山木:
共に授業を作り、鑑賞の学びを作り上げようという感じに変ってきたわけですね。

亀井:
そういう変化を感じます。出前授業でも以前は「お任せで」と控えめな傾向がありましたが、今では、「鑑賞だけでなく制作も一緒にやりませんか」というお誘いを受け入れ先の先生からして頂き、表現活動まで一緒にやらせていただく機会も増えてきました。幼小中高は美術館との関係は密接ですが、最近は保育所の保育士の先生方の要望もすごく多くなってきました。「子どもたちの造形活動をどんなふうに育てたらよいのだろうか」「子どもの絵をどういうふうに見たらいいのだろうか」そういうテーマの研修機会を持ちたいのでと頼まれ、最近は保育所によく呼ばれます。

そのときはただ絵を描くのではなく、子どもたち一人ひとりの意見や感性を大事にするために鑑賞の場を設けています。本物は持って行けないので、パウル・クレーの作品などをできるだけ大きく、できるだけいい色合いに印刷されたものを持って行き、保育士の先生方と展示の工夫をして、普段の遊び場やプレイルームを展示室風に片付け、絵だけを貼って子どもたちを招き入れます。そうすると子どもたちは「ワーッ」といいながら気に入った絵の前にさーっと散っていって、自然と仲間同士のおしゃべりが始まるんですね。「これ、パンツが見えているのが面白い」とか「かわいい」とクスクス笑ったり。その中で森さんなどが、「この絵の中にぞうさんを見つけたお友だちがいるんだけれどみんなも見つけてくれるかな」とか、いろいろお話しやクイズを出すんですね。そうして子どもたちの頭の中がすっかり色や形のモードになった後に表現活動をすると、5歳児でも1時間近く集中してすごく素敵な作品を描いてくれます。そういう場面に立ち会えるのは嬉しいですね。

山木:
それはいいですね。亀井さんは高校や特別支援学校での指導の経験がおありで、ものをつくる、あるいは表現するという活動に指導力を発揮されて心強い限りですね。

館長:
ありがたいことです。亀井さんご自分も絵を描かれるので、今までの経験がそのまま生きています。これまで学芸員ががんばってきたこと以外の部分で、亀井さんによってプラスアルファのことができるようになってきています。

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