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せとうち美術館紀行 第9回 東山魁夷せとうち美術館

色彩豊かな風景画に酔う

東山魁夷せとうち美術館に関しての対談5

親子対象のワークショップで美術館に親しみを

山木:
こちらの美術館では子どもたちに対していろいろな取り組みをされていると思いますが、今まで実践されてきたことを教えていただけますか。

対談イメージ

北地:
夏休み期間中に「親子で参加するワークショップ」を開催しています。1回目は「親子の作品鑑賞と写生教室」、2回目は「親子で参加する朗読会」を行いました。朗読に関しては、魁夷さんはとても素敵な文章を残されているので、子どもにわかりやすいものを選んで小さな冊子をつくり、1階展示室の壁にスライドで大きな作品を映写しながら、アナウンサーの方に生で朗読してもらいました。

山木:
確か東山魁夷さんはパリの『コンコルド広場の椅子』という詩文集と言いますか、かわいらしい素敵な作品をつくっていらっしゃって、文章の世界でも一目置かれていますね。

館長:
はい。文章がものすごく上手です。川端康成と非常に懇意にされていました。

山木:
朗読のアイデアはどこから生まれたのでしょうか。

北地:
夏休みは比較的家族連れで若い人たちも訪れていただける時期なんです。それでテーマ展のテーマを毎回、楽しいものにしています。このときのテーマは「絵の中の物語」ということで、作品それぞれに魁夷さん自身が書いた文があるんですが、それを作品に添えました。

山木:
作品にかかわるエッセイや文章を拾い出すというのはかなり手間がかかって大変ですね。

北地:
はい。でも本当に魅力的な文章ですので、魁夷さんの文章をぜひ紹介したいという思いがありました。そこで子どもたちには読み聞かせというかたちで聞いてもらい、その感想を聞きました。

山木:
開催したのは何年度ですか。

北地:
2009年度です。

館長:
2011年度は北欧の街のワークショップをしました。

北地:
魁夷さんの『北欧紀行』という本も大変かわいらしい絵と文章が付いています。ワークショップでは、その北欧シリーズを展示して、パワーポイントで気球が動くようなプログラムを作り、魁夷さんがこんなところに行ったよというのをスライドでお話しした後に、自由に作品を作ってもらいました。このときは造形作家の方に講師に来ていただきました。

館長:
北欧の家や街並みを一生懸命つくっていましたね。

北地:
どれも楽しかったです。

山木:
参加者数はどのぐらいですか。

館長:
40、50人、親子で20組ぐらいです。

北地:
年々、参加者は増えています。先着順で受付しているのですが、去年はけっこう多くて、残念ながら、お断りすることがありました。3回目でしたので、またやってみたいという希望もあったかと思います。

山木:
こうした活動をしていることが市民に伝わり、さらに教育普及が広がるといいですね。参加資格はありますか。

北地:
一応、香川県内の小学生と保護者です。坂出近辺の参加者が多いですね。

山木:
学芸員として企画のテーマを考えて、展示をセレクトし、教育普及の仕事にも携われて、他にもいろいろなお仕事があると思います。お一人で何役もされていますが、教育普及にかかわられて楽しかったことや気づいたことがあれば教えてください。

北地:
教育普及の機会は数少ないのですが、いつもの展示を紹介しているのとは違ったことを話したり、違った方向から攻めたりしないといけないので、それはそれで結構おもしろいです。子どもの感想が意表を突く意外なもので、すごいなと思うこともありました。

山木:
例えばその1回目の作品の模写ですが、模写といってもできあがってくる作品は子どもの場合はかなり自分の思いが入ったものになりますよね。

対談イメージ

北地:
そうですね。そのときは画用紙を渡して、上半分に絵を描いて、下半分に言葉を書いてもらいました。下には子どもなりのイメージを言葉で書いてもらったのですが、みんな自由に想像していて、すごく考えたんだろうなということがわかっておもしろかったです。

山木:
東山魁夷さんの影響を受けながらも、オリジナルな自分の世界がどうしても出てくるのが子どもなんじゃないかなと推測します。実際はどうでしたか。

北地:
そうなんです。 (パネルを見ながら)こういうかたちで上に描いて、下に言葉を書いています。

山木:
影響を受けているといいながら、全然違う絵ですね。

北地:
子どもなりにしっかり考えて、「馬は寂しいです」とか、気持ちを込めて描いていました。 この作品は当館に提出してもらいました。

館長:
駅前のスーパーのエントランスホールで展示したのですが、そしたら「夏休みの宿題に使えなくて残念」と保護者の方に言われて(笑い)。夏休みの宿題にしたいんですね。

北地:
ですから、今年は堂々と持って帰ってもらいました。

山木:
そうですか。これからは、返す前に保護者と子ども自身の許諾をもらってデジタル画像で撮影されるといいですよ。そうすると、この美術館からこういう子どもたちの作品が生まれましたと、将来、紹介できます。これからは美術館の評価は教育普及にかかわる度合いというのもひとつの尺度になってくると思います。そうしたアピールがないと一生懸命やっても伝わりませんから、ぜひ撮影してから返却されるようになさってください。

北地:
そうします。

山木:
お話しをうかがって、教育普及もすごく一生懸命されているのがよくわかりました。

館長:
当館のような美術館がこれからも多くの方にお越しいただき、親しまれるためには、地域の方に愛してもらわないといけません。そのためにはまず子どもたちに美術館に足を運んでもらい、美術館はいいところなんだ、おもしろいところなんだと思ってもらいたいですね。それを家で話をしてもらい、家族で一緒にワークショップに来てもらうなど、そういう活動を地道にしたいと考えています。私どもは職員が3人しかおりませんが、こうしたワークショップをこれからも続ける予定です。

山木:
親子でというキーワードがとてもいいと思います。せとうち美術館ネットワークの企画でも、美術館の協力の下に親子でバスツアーという企画を展開しています。美術愛好者を振り返ってみると、学校で美術館に初めて行ったという人もいるけれど、親子で行ったという人がけっこう多いんですね。学芸員になった方が集まった先ほどのサミットでも、自分が最初に美術館に行ったのは親子で行ったという人がすごく多かったんです。親子で行くと家庭の中で、あの絵はどうだったとか、また行こうかとかいろいろ話ができます。親子というのは将来の美術愛好者を育てるキーワードなんじゃないかなと思いますね。これからも「親子で参加する」というのをキーワードに展開されたらいいのではないかと思います。 実際に親御さんの反応はどうですか。子どもたちは喜んでいると思うんですけれど。

北地:
なかには、子ども以上にお母さんが一生懸命に参加したり、おばあちゃんも連れてこられたり、それぞれの家族で楽しんでおられます。小さな幼稚園ぐらいの弟、妹さんも一緒に来られていますね。朗読の時はお父さんがとても感動されていました。

山木:
教育普及において毎回違うテーマを設定し、繰り返し来てもらうことも大事ですが、成功事例は時々もう一度繰り返してみるといいんじゃないでしょうか。模写というのは正直いって他の美術館でもされているところがあります。けれど朗読というのは意外と少ないんですね。もちろん全くないわけではなくて、宇都宮美術館などでは朗読にずいぶん早くから取り組み、就学前の子どもたちに美術館体験をしてもらう努力をしていたようです。こちらの美術館でも朗読はもう一度されたらいいのではないでしょうか。アナウンサーの語りでなくても、館長と北地さんがお話しされればいいと思います。

北地:
でも、やっぱりアナウンサーの方は普通の人が読むのとすごく違いました。プロの朗読に私も感動しました。ただ魁夷さんがしゃべっているような雰囲気にしたいというのがあって、次は男の人でやりたいなと思っています。

他館との連携や展示を工夫、来館者増加をめざす

山木:
こちらの美術館は入館者数でも非常に優良な実績をお持ちですけれど、今後どういうふうに運営や展開をしていきたいとお考えですか。

館長:
できるだけ多くの方に足を運んでいただきたいというのが一番です。そのためには「行って良かった」「もう一度行きたい」と思っていただけるような親しまれる美術館にしていかなければいけません。そうして足を運んでもらうためにはアピールが必要で、広報が大事だと考えています。春と秋の特別展について、できるだけ良い企画をして、広報し、足を運んでいただく。 テーマ作品展についてはマンネリ化しないように、少し批判を覚悟で、いろんな角度から大胆に発想を転換し、展示の工夫をしていきたいと考えています。 また、ラウンジで年6回ほどコンサートを夕方にしていてこれが非常に好評ですので、いろんなバリエーションを考えながらやっていく予定です。

山木:
それはどんなコンサートですか。

館長:
地元の県立坂出高校に音楽科があり、いろんな方を輩出していますが、そこの高校生や卒業生、またプロとして活動している個人やグループなどにお願いしています。参加定員は80名ぐらいで、ラウンジの机は全部片付けて、椅子だけ出して、身近な感じで聞けるので非常に喜んでいただいています。 一昨年は「瀬戸内国際芸術祭」にあわせて特別展を夏休みに開催しましたので、コンサートはできませんでしたが、これまで3回開催しました。こういう企画も発展させ、来館されたことのない方に積極的にアピールしたいですね。そして来ていただいた方には「来て良かった」「また行こう」といい気持ちを持っていただくようにいろいろ工夫して、「あそこはいい美術館だ」と口コミで広がっていくように力を入れて取り組みたいと思います。

山木:
口コミの力は大きいですからね。 北地さんはいかがですか。学芸員の立場からお話しください。

対談イメージ

北地:
ひたすら工夫をしていかなければと思います。

山木:
5周年記念展で「道、心に刻まれた風景」をされましたが、このときは国立近代美術館の借り出しもされたそうですね。そうした他館との連携も可能性を広げますね。

北地:
そうです。今後の計画の中でお借りしたい作品をリストアップしていきながら、魅力的なテーマを考えて開催したいですね。あのときは5周年という大きな節目でしたので、魁夷さんの代表作をお借りすることができました。まだまだ魁夷さんの見たい作品がたくさんありますので、一つでも多く展示できるようにしたいと思います。

館長:
初年度は、《残照》や《暮潮》を国立近代美術館から借りて展示しました。長野県信濃美術館・東山魁夷館がたくさん魁夷さんの作品を持っているので、連携を深めていきたいと考えています。そこには習作がたくさんあります。魁夷さんの場合、他の作家と違って習作も本画に変わらないぐらい描き込んだいい作品がたくさんあります。小さいけれどそうしたものを借りて、1点でも多く展示したいですね。 今年の秋は、西日本を中心に他館から10点ほど本画をお借りして、当館の本画4点と自慢の版画作品をあわせて東山魁夷オンリーで秋の特別展をやる予定です。春は、横山大観や奥村土牛、伊藤深水など、みなさんがよく知っている明治以降の作家の作品を展示する予定です。ご期待ください。

山木:
長い鼎談になりましたが、思いをたくさん話していただきありがとうございました。

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