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せとうち美術館紀行 第9回 東山魁夷せとうち美術館

色彩豊かな風景画に酔う

東山魁夷せとうち美術館に関しての対談4

最新技術を駆使したデジタルギャラリーで鑑賞の幅が広がる

山木:
東山魁夷さんの作風が変化したり、広がっていったりする変遷の様子をこちらでは多くのリトグラフで見せるとともに、デジタルアーカイブという最新の技術を使った方法で来館者に見せていますね。大画面にプロジェクターで投射して、来館者が見たい絵を見ることができる、そのアイデアはどこから生まれたのですか。

館長:
苦肉の策から生まれました。ほとんどが版画作品で勝負をする小さな美術館ですから、お客さまに満足していただき、楽しんでいただくためにはどういったことがいいのか。それを補完するものとして、たまたま魁夷さんの奥様が凸版印刷と共同でデジタル化をする作業をされていて、ほぼ完成に近づいていましたのでそれを活用しようということでできたものです。

山木:
デジタルギャラリーが2つありますが、あれには意味があるのですか。

館長:
お客さまの好みはいろいろありますから、1台で誰かが操作されるとその人の嗜好に左右されたものを見ることになります。でも2台あると、左右を見ながら自分の好みの絵を眺めることができます。

山木:
なるほど。デジタルギャラリーでは何点ぐらいの作品を見ることができるのですか。

館長:
代表的な作品330点です。

山木:
それは日本各地に点在しているものも含めてですか。

対談イメージ

館長:
そうです。いろいろな美術館、また個人の方が持っていらっしゃる作品も含めてです。

山木:
すばらしいなと思ったのは、二つの仕掛けです。一つは実物大で見ることができるということ。その仕組みは、まず大きな100インチの投射面に作品が大きく映し出され、そこで実物大のボタンを押すと、実物大の大きさに拡大されたり縮小されたりします。これは教育的にも意味があるし、美術愛好家にとっても大事なことだと思います。

館長:
驚き、発見があるんですよね。「こんなに大きかったの」「こんなに小さかったの」と。通常印刷物で見て想像している大きさと、実際の大きさが違うということを知ることができますから。

山木:
そして、もうひとつが3Dです。唐招提寺の襖絵(ふすまえ)を3Dで見ることができるんですね。

北地:
唐招提寺の御影堂は部屋が5部屋あります。そのうちの2部屋は日本の風景で海と山、残りの3部屋は鑑真のふるさとの中国の墨絵が描かれています。各部屋を見渡すようなCG動画によって、平面で並べて見るのではなくて、襖絵が描かれているその場に立って眺めている体験ができます。

山木:
お客さまの反応はいかがですか。

北地:
みなさんビックリされますね。

館長:
普通はああいう画像は平面のものしかありませんからね。

デジタルアーカイブが広げる可能性

対談イメージ

山木:
デジタルアーカイブは、これからもっと広がっていく、浸透していく言葉だと思います。先日、葉山の学術文化村(湘南国際村学術研究センター)で「21世紀ミュージアム・サミット」が開催されたのですが、その分科会の一つに「デジタルアーカイブをどう考えるか」がありました。 こちらの美術館では、デジタルアーカイブをつくるときの難しい点を全部突破しています。一つは著作権について。未亡人の許諾をはじめ、いろいろな所蔵者、収蔵者の許諾をもらっていて、全部デジタル化することができています。もうひとつは技術的なハードル。非常に高い技術が必要ですが、凸版印刷という大手企業の最新鋭の技術を使うことができた。そういう意味で言うと、小さい美術館でありながら、デジタルアーカイブについては、現代ではこれぐらいのことまでできるという水準をコンパクトに見せてくれ、非常に価値があるものだと思います。 このデジタルアーカイブを教育に使う可能性もあると思いますが、小・中・高校生、大学生など若い方が来られたときは、あのコーナーは魅力的なのではないでしょうか。

北地:
小学生は先生に連れられてお行儀よく一列で見るというのがありますが、自由に見るときは実物の作品展示はすーっと足早に見て、最後のデジタルギャラリーでどっとたまってみんなが操作台を取り合っています。

山木:
そうですか。今の子どもたちはオリジナルの本物よりも、画像化、映像化したデジタルなもののほうに身近さを感じるのかもしれませんね。

館長:
絵を見てどうこういう子どもは極めて少ないですね。でもデジタルギャラリーでは自分たちで操作し、人だかりになっています。原寸大表示で大きくなったり、動いたりしますので、喜んで見ていますね。

山木:
考えようによってはデジタル化された映像にそれだけ子どもたちが惹かれるということですから、そこから始まって実際のオリジナルはどれだろうとか、オリジナルではどういうふうに色が見えるかなど、ひとつの導入部として使えるのではないかなという気もします。従来の発想法では、今お話しにでていたように、本物か映像化されたデジタルかという魅力比べをしてしまいますが、もし今の子どもたちが映像化された画像に身近さを感じるのであれば、「そちらから入って本物の魅力に気づこう」と、うまく方向づけられれば道が開けそうな気がしますね。そういう流れを今後考えられたらおもしろいのではないですか。

対談イメージ

館長:
他の来館者がいらっしゃるので、美術館全体が子どもたちに占拠されてしまう状態になると、苦情も出ます。その点で、やり方や時間帯などを工夫したいですね。この美術館も当初は13万人ぐらい、その次は8万人、7万人とたくさんの方が来られ、今年は5万人ぐらいになっています。このぐらいの来館者ですと、冬場の時期はお客さまが少ない。そういうときの午前中などは1クラスという単位である程度時間をとって、学芸員のほうから少し話をしながら鑑賞してもらったらいい勉強になると思います。学校の先生とよく話をして、まずは市内の小中学生、そして順次他からも来ていただくということがおもしろいかもしれませんね。

山木:
そうですね。美術館で大きな声で話してしまうというのは、おそらく美術館に慣れていないからなんです。美術館というのがどういう場所なのかが認識できていない。むしろ慣れると、静かな声で話して楽しむところだということがわかってきます。ですから結果から判断してしまわないで、今後のより良き鑑賞者を育てるという観点から積極的に学校との連携を考えて、多くの子どもたちを招いていただきたいと願っています。

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