HOME > せとうち美術館紀行 > 第10回 広島市現代美術館

せとうち美術館紀行 第10回 広島市現代美術館

広島市現代美術館 身近で心に響く現代美術に親しもう

広島市現代美術館に関しての対談3

子どもたちへの美術教育も大切な役目

山木:
幼小中高校生あたりの教育も大事だと思いますが。

館長:
イタリアでは、子どもたちを美術館の床に座らせて先生が一つ一つ説明しています。子どもの時からの教育が非常に大切で、子どもの時のインパクトのほうが後の人格形成や学力向上に影響します。子どもの時に受けた教育といいますか、見た物、触れた物、聞いた物が一番、影響をもたらします。絵について学習した、音楽を教えてもらったという子どもたちのほうが、後に学力的に向上するという論文が発表されています。

私も中学2年生の時に原爆の後の闇市で買った、たった2枚のレコードを聞いて、オペラを歌おう、バイオリンを弾こうと思い、未だにそれが続いています(笑)。

おそらく日本のオペラ歌手の中で一番多くリサイタルを開いてきたのは私かもしれません。そして、50歳を過ぎてバイオリンを弾きたくなり、一昨年にはヴィヴァルディの「四季」を広島交響楽団のコンサートマスターをセカンドに、私がトップとなって弾きました。やればできるんです。

対談イメージ

副館長:
私の小さい頃は、絵を学校で習うときは、ゴッホやセザンヌだけといった世界で、今あるような現代美術の作品なんて見たこともありませんでした。ですから私と同じ世代の人もそうかもしれませんが、現代美術作品を見たときに「わからない」って考えてしまうんですね。

でも、感性の世界のものをわかる、わからないというのは、本当はちょっと違います。そういうことからいうと、小さい頃にいかに多くの美術に触れるかが大事です。ぜひ子どもたちに当館にたくさん来ていただき、触れていただく。

100人来て、その中の2、3人でも感動してくれたら、心が豊かになって後々に非常にプラスになると思います。

昨年、文化庁から助成をもらって広島市にある広島県立美術館、ひろしま美術館、広島市現代美術館の3館の連携事業の中で、バスを借り上げて県内の小中学生を招待するという取り組みをやりました。これは非常にいいものです。しかし助成金が来年度でなくなります。

2013年度は3館で大きな事業を企画展でやることにしていますので予算が少ないと思っています。現状はそうですが、教育サイド、学校サイドでも、カリキュラムの一つの中に美術館学習というのを組み込んでいただければ、定例化して継続性が出てきます。学校のカリキュラムがタイトな状況で、そういう余裕もお金もないということがあるようですが、そこを何とかできたらと考えています。

山木:
教育委員会とのタイアップは非常に重要ですよね。ご覧になると一目瞭然ですけれど、中学校や高校の美術の教科書は、かなりのウェイトを同時代の美術、つまりこちらの美術館がコレクションとしてお持ちになっているような作家の方々の作品で占められています。
現代の美術の教科書は、現代美術が多くて、ルネッサンスあたりの美術がむしろ弱いぐらいです。それだけ、同時代の美術が身近なものになる素地ができているのです。

館長:
我々の年代の者にとっての現代美術は難しく感ずる。若い人たちのほうがわかるでしょう。

山木:
そうですね。「瀬戸内国際芸術祭」にも、若い人々がかなり多く来ています。瀬戸内海に浮かぶ直島には、「ベネッセアートサイト直島」といって、「地中美術館」と「ベネッセハウス ミュージアム」という、現代美術が中心の美術館が二つあり、どちらもかなりの人が来ています。同時代美術の人気がないというわけではない。

むしろ広報と連動した活動が必要ですね。高校生、大学生、中学生たちに向けた広報も大事だし、そういう方向性を切り拓いてくれる学校の先生方に訴求する働きかけも必要なのではないでしょうか。

館長:
わたしたちも、実際に教育委員会に行ってお願いしています。

山下:
バスで子どもたちが美術館に来るようになったことがいい方向にもつながっています。例えば、一度美術館に来た子どもが親を連れて訪ねてきてくれます。

山木:
学校で来て楽しかったから、今度は家族を連れてくるのですね。

山下:
また、当館は県内、市内にある美術館の中で、子どもたちの受け入れが丁寧だという話で先生方に好評をいただいているようです。実際に子どもたちを連れてくるのは教育現場の先生方なので口コミで広まっているのでしょう。そのぶん、対応が悪いとそれもすぐに広まってしまうという難しいところもあります。

当館にはアートナビゲーターという展示の解説をするスタッフが常駐しています。そのアートナビゲーターが子どもたちに作品を解説します。先生によっては説明ではなくて対話型にしてほしいと希望される方もいらっしゃいますし、美術や図工に強い興味がある方もいらっしゃいますので、対応できるようにナビゲーターたちは常に勉強をしています。その努力が実り、少しずつですがここ何年かで当館の評判が上がってきているという感触を得ています。

夏のワークショップは親子に大好評

山木:
こちらで開催されている夏のワークショップは、子どもたちへのアプローチの大きな企画だと思います。他にも、キッズガイド、夏のワークショップの記録集といった冊子や、コピーで作られた配布物も見せていただきました。積極的に子どもたちへの教育普及を実践されていて、担当されている山下さんご自身もすごく努力されているのがわかります。

館長:
そうなんです。彼女はそういうことは非常に上手です。

山木:
夏のワークショップはどのようなことをされるのですか。

山下:
最近では、2012年7月21日から9月17日まで「ヒミツの国」というタイトルのワークショップ・プロジェクトを行いました。このワークショップ・プロジェクトそのものは4年ほどやっています。
当館では、現代美術の楽しみ方の一つとして、毎年夏にフリーのスペースに子どもたちが来て、参加し、体験できるワークショップという大きな要素を入れています。アンケートでは「子どもが楽しめる展示がいい」という意見が必ず書いてあります。

夏に保護者の方々が子どもたちをどこかへ連れて行くとなったときに、美術館へ来ていただけるように、現代美術の性格というのを前面に出した展示でありながら、ご家族で、参加や体験ができるものを開催したいと考えています。そのために、作家さんなどに協力していただいています。

山木:
現代美術は、作家と一緒に何かを作るということを本質的に持っています。それを子どもたちとのワークショップに用いるという、作家との関わりが濃いプロジェクトなのですね。

対談イメージ

山下:
作品との関わりというのもあります。作家さんにワークショップをやっていただくこともあるのですが、毎日作家さんがいるわけではないので、いつ来ても何か子どもたちが参加できる部分がある、何度来ても作品を新鮮に楽しめる展示があるというような企画を組んでいます。

「ヒミツの国」では、志村信裕さんという映像の作家さんと、発泡スチロールで立体作品や空間的なものを作る開発好明さんのお二人に作品の展示とワークショップをやっていただきました。特に発泡スチロールの作品では、子どもたちが発泡スチロールの塊やかけらを加工して、会場に変化が生まれるコーナーを設けていました。このように子どもたちが毎回参加できる企画を考えています。

山木:
2010年には「ふしぎの森の美術館」という夏のワークショップもされていますね。これはどんなワークショップでしたか。

山下:
このときは4名の作家さんにお願いをしました。地下に多目的に使えるミュージアムスタジオという空間があるのですが、そこをメイン会場に開催しました。ただ美術館に入ってきたときにエントランスに何もないと寂しく、保護者の方々が子どもを連れてきたときに戸惑いがあるのではという気がして、地下だけでなく会場を広げてエントランスを入ったところにも宮田篤さんという若手の作家さんの作品を1点展示しました。これは子どもたちが、お話づくりで生まれた作品を自由に読み、自分でもお話を書くという参加型の作品です。

地下に降りると、スタジオに入る前のホワイエというところにplaplax(プラプラックス)というメディアアーティストの作品を1点、そしてスタジオの中に安部泰輔さんという滞在型の作家さんと、木村崇人さんという体験型のアーティストさんの作品を展示しました。

山木:
安部さんは滞在型とおっしゃいましたが、このワークショップのために滞在されたのですか。

山下:
はい。2ヶ月間広島に滞在されました。

山木:
そして2ヶ月間子どもたちと関わったわけですね。

山下:
そうです。彼の作品のメインスタイルは、古着を使って動物などを表現し、それをインスタレーションするというものと、人が描いた絵をぬいぐるみにするというワークショップがあります。

彼がぬいぐるみを作れる限度があるので、ワークショップは一日10名ぐらいしか参加できません。通常、彼のワークショップでは、できたぬいぐるみはほとんどの場合、その日のうちに取りに来てもらって渡しているのですが、今回はせっかくの展示なので、開催期間中は展示させてくださいと参加者にお願いをして、終了後にお渡しすることにしました。

子どもたちが描いた絵を安部さんがひたすらぬいぐるみにして作り、その作品がどんどん展示室の中に展示されていく。子どもの絵と、彼が作ったものの両方が展示されるということで、「ふたご森」というタイトルをつけました。

子どもが参加できるのは絵を書く部分だけなのですが、それが立体作品になると、ゆるキャラにいきなり命が吹き込まれたみたいな感じが出てきて、すごく楽しいんですね。それを見に保護者の方々もいらして、さらにおじいさんやおばあさんまで連れてくるということが起きました。また、子どもの絵自体に注目が集まり、「こういう絵が描ける子どもってすごいね」と話題になりました。

山木:
ユニークで魅力的なワークショップですね。安部泰輔さんは、子どもが描いた絵をプランとして、それをファブリックな布と綿を使った作品に仕上げてくれるわけですね。子どもにとって大きな喜びでしょうね。

山下:
そうだと思います。子どもも楽しいし、それを見ている親も楽しい。子どもの絵は、「絵」というかたちで保存しておくのは難しいと思いますが、そうやって形になると保存できます。安部さんは子どもの落書きみたいなものでも結構忠実につくられる方なので、それで親御さんにも喜ばれます。

山木:
今、山下さんが首からぶら下げておられるものは安部さんがつくられたものですか。

ヒジヤマネコ

山下:
そうです。ヒジヤマネコです。

山木:
ヒジヤマネコというキャラクターなのですか。

山下:
はい、ヤマネコと比治山がかかっています。

山木:
これもワークショップから生まれたものですか。

山下:
はい。当館があるこの比治山は野良猫が多く、猫好きがすごく喜ぶ山です。そこで美術館のキャラクターをつくっていただいて、ワークショップの期間中はスタッフがヒジヤマネコをぶら下げて館内を動いていました。

ワークショップ イメージ

山木:
そうしてつくったものがあまりにも人気があるので、ミュージアムショップでも購入できるように商品化されたのですね。安部泰輔さんの手づくりですから、世の中に一個しかないものですね。

山下:
柄も違いますし、表情も違う、本当の手作りです。

山木:
関係者から聞いたのですが、このヒジヤマネコは、「せとうち美術館ネットワーク」のスタンプラリーの景品のなかでも、上位に位置する人気者だそうですよ。

山下:
はい、そうなんです。(笑)

山木:
2011年に開催した「カキカキ・キコキコ・ダダダダダ!」のワークショップの人形は誰がつくったのですか。

山下:
「KOSUGI1-16」という作家2人組で、張り子でつくっています。もうお亡くなりになっているのですが、山路商という比治山の下に住んでいた画家がいて、そういう画家がいるという話をしたときに、「その画家さんがよみがえって絵を描いているイメージがいい」ということでつくられました。子どもたちが操ることで動きます。

山木:
おもしろいですね。こちらの美術館では、他にもユニークなワークショップをたくさん企画なさっていますね。

前のページへ 次のページへ