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せとうち美術館紀行 第11回 ふくやま美術館

鑑賞して、つくって、市民に開かれた美術館

市民憩いのスポットとして親しまれている福山城公園。その一角にあるふくやま美術館は、郷土ゆかりの作家や20世紀ヨーロッパ美術の充実したコレクションで知られています。工夫を凝らした所蔵品展や特別展は見ごたえがあり、誰でも自由に出入りできるロビーや屋外にも数多くの作品が展示されています。ワークショップや美術講座も多彩で、気軽に美術に親しめます。

ヘンリー・ムーア≪アーチ≫1963/69

眺めのいいロビーは出入り自由。ワークショップが開催されていることも多く、気軽にアートに親しめる

エントランスホール

所蔵品展は日本画、洋画、地元の作家中心と3部屋に分けて展示され、とても充実

比治山スカイウォーク

作品解説や美術サークルによる作品制作が行われている

ふくやま美術館 詳細はこちら

ふくやま美術館に関しての対談1

■出席者

鳴門教育大学大学院教授 山木朝彦さん(以下山木)
ふくやま美術館館長 角井 博さん(以下館長)
同館学芸課長 谷藤 史彦さん(以下谷藤)

対談イメージ

■対談日

2015年2月14日(土)

「美術館が欲しい」という市民の熱意に後押しされて開館

山木:
それぞれの美術館にはそれぞれの役割というものがあります。ふくやま美術館はどういう方針で作品を収集され、展示されているのか、設立の経緯も含めて教えてください。

対談イメージ

谷藤:
当館は1988年11月3日に開館しました。戦後早くから美術館を作ろうと市民が熱望し、美術館の建築が決まってからも福山の美術団体から現金での寄付や、地元の作家たちの作品の寄贈などいろんな寄付を受けました。とにかく美術館という施設が欲しいという熱い思いが地元にあったんですね。実はそれ以前に市民会館の中に美術館を作りたかったけれどできず、展示室を作っていたということもあり、やっと本格的な美術館ができると市民が待ち望んで開館した美術館なんです。

山木:
設立の準備期間を相当長くとって、その間にいろいろな方針を定めていったのですか。

イメージ

谷藤:
長いか短いかはわかりませんが、設立準備室として学芸員が入り、本格的に作品の収集を始めたのは設立の約2年前からです。もちろん、計画から工事に入るという工程はそれ以前からやっていました。

作品の収集に関しては、収集の委員会を立ち上げ、大原美術館の藤田館長を委員長にして収集方針を決めていきました。当初、収集方針としてあげているのは4つです。

まず地元である福山・府中市を中心とする作家たちの作品。今は合併しましたが、当時は12市町村が集まって広域の美術館として建てようということでした。 2番目が、広島県と岡山を中心にした瀬戸内圏の作家たちの作品。広島県も岡山県も非常に多く芸術家を輩出したところで、特に福山は広島と岡山の県境にあります。 3番目は、日本の近代・現代の作品。そして4番目は、イタリアを中心とするヨーロッパ美術。当時はいろいろな地方自治体が公立美術館を作っていて、西洋美術のどんな作品を集めて個性を出すかをそれぞれの美術館で考えていたのです。

山木:
近隣の美術館と同じような作品を収集していると、西洋美術を本格的に紹介したいと考えたときに効率が悪いですよね。それぞれの美術館がいろいろな方面に特化して専門的な作品を集めたほうが、美術愛好家にとって活用のしがいがあります。そういう点でふくやま美術館も特色ある西洋美術を集めることが多いのではと思いますがいかがでしょうか。

谷藤:
近くには(西洋美術の充実した)大原美術館があり、ひろしま美術館があります。その中で当館がたんに西洋美術を集めるというのはなかなか難しいところがあります。

ということで、イタリアを中心とするヨーロッパの20世紀美術という非常に特化した位置づけで収集しています。例えばジャコモ・バッラ、ウンベルト・ボッチョーニといった未来派やその周辺の作家たち、あるいは現代の作品です。イタリア美術が多い当館と、他の日本の公立美術館が所蔵するドイツ美術やイギリス美術といったいろんな作品を合せると厚いコレクションができます。

福山市の姉妹都市はイタリアにはありませんが、地元出身の作家の何人かはイタリアで活躍していました。その1人が髙橋秀さんで、現在はお年を召して日本に戻って来られています。

山木:
そういう関わりがあったのですね。

イタリアを中心にヨーロッパの20世紀美術を系統的に収集

山木:
先ほど角井館長からお伺いしたのですけれど、谷藤さんご自身がルチオ・フォンタナの研究者で、こちらの館でも作品をお持ちとか。ご自分がお勤めの美術館が収蔵する作品に関してはとりわけ見る機会も多いでしょうし、時間も長いと思うんですけれども、お持ちのフォンタナ作品について説明していただけますか。

谷藤:
当館は先ほども言いましたようにイタリアの20世紀の美術をわりと多く系統的に集めています。その中で戦前の作品としては、ウンベルト・ボッチョーニ、ジャコモ・バッラという未来派を、戦後のものとしてルチオ・フォンタナ、ジュゼッペ・カポグロッシという流れがあり、それらはばらばらではなくてつながっているのですね。

ミュージアムショップ

山木:
ルチオ・フォンタナの《空間概念―銀のヴェネツィア》は、ずいぶんロマンティックでおしゃれな名前の作品ですね。フォンタナが継続している空間概念の追究とは、もっと即物的で分析的なのかと思っていたのですが、よい意味でちょっと虚を突かれた感じです。

谷藤:
モチーフはヴェネツイアの干潟です。ヴェネツイアは干潟に杭を打ち込み、そこを埋め立ててつくった都市です。そこに月の光が映った様子を「銀のヴェネツイア」としたのです。実はヴェネツイアシリーズというのがあり、太陽が照って光った作品は《金色のヴェネツイア》、他にも黒い作品などいろいろあります。フォンタナの中では珍しく土地の名称がついています。他にニューヨークシリーズもあります。

山木:
そういう意味では特色のある作品ですね。

谷藤:
そうですね。非常に抽象的な作品で、わかりにくいといわれたりするんですけど、タイトルを見ると「銀のヴェネツイア」となっていて、非常にロマンティックです。しかもこの作品にくっついているガラスはヴェネツイアングラスの端切れです。そういう意味でも抽象作品のわりには親しみやすいと思います。

館内

山木:
イタリアの作品は平面作品だけではなく、立体作品でも大変素敵で重要な作品をお持ちですね。

谷藤:
そうですね。イタリアの特徴として非常に立体がうまいといいますか、具象にしろ、抽象彫刻にしろ、うならせる作品が多いです。当館にある作品の中では、イタリアの抽象彫刻家としてエミリオ・グレコや、ペリクレ・ファッツィーニ、ジャコモ・マンズーといった作家の作品があり、人体表現ながら非常に伸びやかです。

山木:
そう思います。お持ちのファッツィーニの作品は、どういう姿を表しているのですか。

谷藤:
《風(踊り子)》というタイトルがついています。

館内

山木:
確かに風が吹いて踊っているような…。

谷藤:
日本人が作る裸婦の彫刻を見ていると、立っている姿が一般的に多く、体重がどっしりと下に押している感じです。イタリアの彫刻家はそのあたりはデフォルメさせて作るんです。風が舞っているように作ったりとかができます。着地点をどうやってバランスを取っているんだろうなと思ったりもするんですけど、意外と中は芯を通してつくっていて、宙に舞っているような軽やかさをもっていて、非常に魅力的な作品です。

山木:
それに比べるとマンズーはどっしりとした重量感のある作風が多いと思いますが、こちらでお持ちの《大きな踊り子》という作品は伸びやかで軽やかですよね。ファッツィーニもマンズーも「踊り子」という作品名ですが、たまたまなんですか?

谷藤:
これはたまたまです。《大きな踊り子》は長身のバレリーナがすっくと佇んでいる感じで3m近くの高さがあり、マンズーの中でも伸びやかな作品です。代表的なマンズー作品の《枢機卿》はちょっと重たくて、宗教的なテーマを持っています。

山木:
野外にある作品を別にして、入館して最初に出迎えてくれるのは、アルナルド・ポモドーロという作家の《球体》という作品です。ずいぶん近未来的で、見方によっては地球の未来を暗示しているのかなと思ったりします。この作家もあまり知られていないかと思いますが、どういう人ですか。

谷藤:
ポモドーロは、イタリアの戦後の抽象彫刻の作家です。地球が浸食されているようでイメージがしやすく、当館でも非常に人気があります。子どもたちがついついさわりたくなるんですね(笑)。

山木:
あー、なるほど(笑)。

館内

谷藤:
実はこの作品は地球のように回るようにできていて、ちょっと力を入れるとくるっと回るんですよ。

山木:
可動性があるんですね。ところでさわっていい作品ではないですよね。

谷藤:
はい、さわってはいけないものです(笑)。ポモドーロの作品は、イタリアのいろんなところに置いてあります。ヴァチカン美術館の庭園の真ん中にある作品は自動で回るようになっています。3mぐらいの大きさのものもありますし、イタリアの外務省の前にもあります。日本のイタリア文化会館のマークはポモドーロを使ったマークになっているなど、イタリアでは非常にポピュラーな作家です。


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