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せとうち美術館紀行 第11回 ふくやま美術館

鑑賞して、つくって、市民に開かれた美術館

ふくやま美術館に関しての対談4

開かれた美術館として、子どもたちに「つくる」「鑑賞する」プログラムを提供

山木:
ふくやま美術館では、「ふくやま子ども『生きる』美術展」として、子どもたちに作文を書いてもらう機会があるとうかがっています。これは収蔵している作品について作文を書くということですか。それとも自分が描いた絵についてですか。

館長:
自分が描いた絵についてです。学校生活でもいいし、家庭でもいいので、「生きる」ということをテーマに自分の思いを書き、絵と作文とタイアップして表現してもらっています。いきなり「生きる」ことについて書きなさいといっても難しいと思うんですね。だけど何回かこの展覧会を重ねていくうちにテーマが馴染んできました。学校の先生もうまく指導してくださっているのだと思います。もちろん学校差やその学校に勤める先生の差が出てきたり、授業で指導していただく場合と課外で指導していただく場合の差もあり、授業の場合には同じようなテーマが多かったりもします。

しかし、生命力を感ずるような絵や作文がたくさん集まるものですから、丸2日間ぐらい首っ引きで審査しています。それは大変ですが、感動を覚える作品がたくさん寄せられていい展覧会になりました。いつも年度末にやっているのですが、2015年度はお正月に開催しました。文化ゾーン全体がお正月に開館することが奨励され、当館は2日から開館し、展示した子どもたちの作品を親子連れで見に来られて、ああだ、こうだと感想を言い合っておられました。

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山木:
インタビューの最初に美術館の収集方針や活動方針を大きく4つに分けて説明していただきましたが、それを通じて人間像みたいなことが出ていたような気がしますね。もしかすると「生きる」というテーマと美術館の性質がどこかでつながっているのかもしれません。

谷藤:
美術と人間の触れあう場というのを一つの方針にしています。「開かれた美術館」という言い方をしていますが、さまざまな方が来て、作っていく美術館として、特に子どもたちにどのような美術教育をしていくかを考えています。その一つが「つくること」で、もうひとつが「鑑賞すること」です。 「つくること」のひとつとして、「生きる」展を開催しているんですね。

子どもたちに絵を描いてもらうだけでも大変なのに、作文まで書いてもらうというのは学校にとっては大変な作業です。でも非常に表現が豊かになります。おそらく普通の展覧会では選ばれないような絵が選ばれます。つまり作文がないとわからない作品です。

例えば、トラックが高速道路を走っている絵があったのですが、運転席だけに灯りがついています。そこに描かれているのはお父さん、夜に高速道路を走っている自分の父親の姿なんですね。そのことは絵だけだとわかりません。でも子どもの心の中にわけいってみると、お父さんを非常に尊敬しているということが作文からわかってきます。そうすると絵が生き生きと見えてくるんですね。そこが絵に作文をつけた面白さです。 「鑑賞すること」については、子どもたちが実際に美術館に来て鑑賞してもらうということをやっています。春と秋には対話型の鑑賞を、中学生に向けてはワークシートを使って行っています。

山木:
その中でとりわけ私自身が興味を持ったのが、「怪盗バッラの挑戦状!」という企画です。これはずいぶん長くおやりになっているんですか。

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谷藤:
はい。小学校に向けてどういう鑑賞の仕方があるかというスクールプログラムを作っていて、その一つとして対話型の鑑賞をあげています。クイズ形式で作品を見て回るモニュメントマップを福山市立女子短期大学(現在の福山市立大学)の大学生と一緒につくりました。

山木:
そうなんですか。バッラという名前ですが、こちらがお持ちの作品をつくったアーティスト、ジャコモ・バッラのことですよね。なぜ怪盗バッラという企画が生まれたのか、そのアイデアが生まれたわけや遊び方を教えて下さい。

谷藤:
ストーリー仕立てになっていまして、美術館のバッラという作品が盗まれたと。

山木:
それは大変です(笑)。

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谷藤:
それを見つけ出すために子どもたちに任務を与え、野外に置かれているモニュメントを巡りながら手がかりを探していくというものです。パズル形式で解答していくと最後にバッラの絵ができあがります。最後は任務完了としてハンコを押すというわけです。

山木:
なるほど。達成感がありますね。ただ作品があるだけでは面白くないし、そこにゲーム性があると面白いだろうと学生たちがアイデアを出して、こういう仕掛けを作ったのですね。

谷藤:
もうひとつ工夫されているのが、モニュメントマップに作品のシールを貼っていくんですが、いくつか本物の作品の色とは異なるフェイクのシールがあるんです。例えば、金色とブロンズのシールがあって、実際にモニュメントのある場所に行かないと本物の色がわからないんですね。

山木:
全部の立体作品を見て回らないとバッラの絵は完成しないのですね(笑)。利用者は多いのでしょうか。

谷藤:
人気があります。学校単位で来られます。5月の連休の時に来られる学校が多いですね。常設展で30分、特別展で30分、それからモニュメントマップを使った鑑賞を30分ないし1時間というかたちでコースを作っています。学芸員とボランティアが総出で対応します。連休期間中に約2,000人の子どもたちがやって来ます。小学生が多いですね。連休の谷間の日には1,000人ぐらい来るときがあって、30分単位で来て、このクラスが終わったら次は誰に渡すというように楽しみながらやっています。

山木:
そうすると、こうしたプログラムは学校の先生方にもかなり周知されているということになりますね。

谷藤:
そうですね。学校訪問をして、こういう企画がありますと言わないとなかなか理解してもらえないところがありますので、できるだけ積極的に先生たちと接触し、社会見学で隣の歴史博物館に来るなら、次は美術館に来てくださいというようにアピールして来てもらっています。

山木:
中学生を対象にした「鑑賞」のワークシートというのはどういうものですか。

谷藤:
夏に開催する特別展に合せてワークシートをつくっています。それを夏休みの課題として学校から配布してもらい、子どもたちが美術館に持ってきてセルフガイドで自分で書き入れながら鑑賞していくわけです。最後に何らかのランキングというのを毎回つけています。例えば、自分のお気に入りの作品ベスト3を選ぶなどです。そうすると選ぶために子どもたちはあっちこっちかけずり回って、真剣に作品を見てくれます。

普通は、中学生はほとんど美術館に来ないんです。お金をあげても美術館に来ない世代ですから、こうして学校からやってもらうのが一番いいんですね。意外と不思議なのは、中学生が友達同士で来るというのは当然ありますが、親子で来館することも多いということ。それはそれでほほえましい光景だと思います。

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山木:
先生方の協力が功を奏しているといえますね。なにか先生方からワークシート作成についてのフィードバックはありますか?

谷藤:
現場の先生方もいろいろアイデアをくださるんです。質問の言葉がわからないとか、こういう風な吹き出しにした方がいいとか、イラスト入じゃないとわからないとか。それにいかにして応えていくかということですね。

一般市民を対象に、美術に親しめるプログラムが豊富

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山木:
「つくる」ということに関していえば、市民の方々がロビーで蝋燭を作っていたり、(2階にはデッサン室や工芸・版画室があり、)油絵を描いていたり、焼き物を作っていらっしゃるのを見ました。そういう「つくる」ということに焦点を当てた教育機能がしっかりとふくやま美術館には組み込まれているように感じました。

谷藤:
先ほど子どもたちを対象に鑑賞の仕方やつくることを目的にしたプログラムをご紹介しましたが、大人の場合も鑑賞と創作ということを軸に教育普及事業を展開しています。鑑賞のほうは講演会やギャラリートークなど、創作のほうは子どもと大人が一緒にやれるようなワークショップをかなり力を入れて開催しています。

また、大人向けの上級コースとして、人体像のデッサンや油彩画のワークショップも行っています。定期的には、水彩、油彩、デッサン、エッチング、陶芸、木版画を学べる講座を半年間で約10回のコースで開催しています。それが終わると同好会に入って月に何回か制作を続ける人もいます。

山木:
市民の方の参加率は高いでしょう?

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谷藤:
そうですね。17人ぐらいが定員になっていますけれど、何倍かになるものもあり、毎回人気ですね。

山木:
拝見させていただいた陶芸のクラスは人気があるみたいでたくさんの人がかかわっていました。ずいぶん大きな作品もつくっていました。作品に仕上げてさしあげる焼成用の窯(かま)はあるのですか?

谷藤:
あります。毎週のように素焼き、本焼きをしています。たまに近くの小学校が生徒を連れてきて、ここで陶芸の授業を行っています。

山木:
それは本当にありがたいことです。教科書には陶芸の学習が載っているのですが、業者さんに頼んで焼いてもらうしかなく、取り組めないまま終わってしまう学校が多いのです。ですから美術館が窯を持っていて、本焼きまでしてくれるというのは教育サイドから申し上げるとものすごくありがたいことなんです。

館長:
親子の話で言うと、当館の分館のようなかたちでふくやま書道美術館が福山駅の線路をはさんで向こう側にあります。そこでは親子で古代文字を書いてもらうということをやっています。古代文字には絵みたいな文字があり、子どもなりに面白く表現するんですね。そして書いた文字に表具をしてギャラリーに飾っています。当館でも、茶室の正面に年賀状の作品を飾るなど、ちょっとした空間ででも市民のいろんな活動が紹介できるようなことをやっています。

山木:
親子でというコンセプトはすごくいいと思います。瀬戸内美術館ネットワークでも、親子で海を渡って、離れた美術館に鑑賞しに行くという企画を展開していますが、きわめて好評です。

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