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せとうち美術館紀行 第16回 ひろしま美術館

印象派を中心に親しみやすい名画がそろう癒やしの空間

ひろしま美術館に関しての対談3

日本美術の展示も広げたい

三根

三根:
意外だったのですが、ひろしま美術館には日本の近代の油絵などの作家や日本画の作品などもあります。これらはどういった経緯で集められたのですか。

副館長:
日本洋画は初代館長の頃にほとんど集めています。フランスの印象派はもちろんいいものですが、日本人なんだから日本人のいい洋画もほしいというのが動機にありました。印象派という絵を通じて美術を、やすらぎを広島に提供したい。それが印象派であってもいいし、日本洋画でも日本画でもいいという発想だったと思います。ただし西洋美術館として開館するのを主目的に建物の規模を考えたところがあるので、相応のビッグネームの作品もございますが、展示の頻度とすればそんなに頻繁に常設展示できないのが残念なところです。

展示室

古谷:
副館長が申したように、現在は西洋美術が中心になっています。日本のものがあるというのはまだあまり知られていないところがあるので、特別展をやっていないときにしっかり展示し、PRをしながら見せていく常設型の美術館の側面をもう少し強調したらいいのではないかと館内で話をしています。新型コロナウイルスの感染が拡大する前はインバウンドで外国からのお客様も多く、せっかく日本に来ているのに日本のものが全くないというのも逆に言えば失礼ではないかということで、うまくお見せできるシステムはないかと考えているところです。

三根:
今もさまざまな作品を収集されているのですか。

副館長:
いえ、新しい作品の購入はしていません。絵をお持ちのコレクターの方から寄託を受け、管理させていただくとともに、当館のコンセプトに合う作品を常設展や特別展、企画展の時に展示させていただく形で所蔵品を増やす方向をとっています。いい絵を所有しているけれど相続の際に絵をどうしようかと悩まれるケースが結構ありますので、美術館で預からせていただく場合もあります。そうすると展示もさせていただけますし、作品もしっかり保管できる。所有者の方にとっても世の中へ美術を提供するという貢献をしていただけると思うんですね。そういう方向へ力を入れようと思っています。

絵本展やバスツアーなどを通じて未来の美術ファンを増やす

対談の様子

三根:
企画展、特別展はどういうコンセプトで企画を立てられていますか。

副館長:
開館から42年がたち、時とともに常設展のあり方、企画展のあり方が変わってきています。足元のところでは多面的に地域へ美術の価値を提供する、教育普及をするということです。同時に、私立美術館ですから運営のための収支の確保も未来への継続性・持続性から必要です。そこで総合的に考え、以前は企画展を年6回開催していましたが、現在は年4回にして常設展をしっかり見て頂くという方針で取り組んでいます。

企画展では絵本展を盛んに行っています。2020年度は「ちびまる子ちゃん展」や「せなけいこ展」、2018年には「やなせたかし展」も開催しました。絵本展だとお母さんや小さい子どもさんがたくさん来られます。美術館というと、どうしても敷居が高いイメージがありますよね。印象派の絵を見ようと未就学、就学含めて子どもたちがふらっと来るような場所ではないでしょうから、絵本展を通じて「美術館はわりと気楽に来られるんだね」「行こうよ」となり、未来の美術ファンを教育普及も含めて育てたいと考えています。このような企画展を年2回程度開催し、あと1回は芸術レベルの高い美術を広島に提供するという観点で西洋美術展を、もう1回は課題である日本洋画や日本画などを所蔵品と絡める形で構成しています。

古谷:
学芸員的に言うと、バランスが重要だと思っています。当館の固定ファンには西洋美術の作品を見たいという人がいらっしゃるので、財政的には難しいですが、西洋美術の企画展はなんとかやり続けたいというのがあります。それと同時に、普段あまり美術に興味のないような人にも来ていただけるようなファミリー向け、一般向けの企画展をバランスよく入れたい。そうして美術館として今までのファンを忘れずに次の世代のファンも育て、長く継続できるようにどのようにすればいいかを考えながら取り組んでいます。

三根:
最近の絵本展や「ちびまる子ちゃん展」などを目にして、私はちょっとびっくりしていました。そして、次の世代のファンを育てる、美術を愛好する子どもたちを育てる、その種まきや耕しをされているのだろうかと考えていました。そういう意味で、美術館の役割には、美術作品の研究や社会貢献と関連して教育普及があげられると思います。教育普及としてどんなことを考え、取り組まれていますか。

対談の様子

副館長:
さっき申しあげましたように絵本展はその一環です。未就学の子どもたちに絵の教育普及として絵本展を積極的に開催しています。小学生についてはそれに加え、バスツアー事業を行っています。今年度は新型コロナウイルスの影響で開催できませんでしたが、教育普及に賛同していただける地元の企業にお願いして寄付金をいただき、広島電鉄さんにバスを用意していただき、小学生に無料で当館へ見学に来ていただいています。対象は近隣の小学生ですが、1回あたり60、70人ぐらい、年間で4千人弱ぐらい来られます。状況が変われば来年はぜひ再開したいと思っています。

古谷:
この事業に私はびっくりしたんですよね。小学生を無料で招待することは公立美術館でもよくやられていることだと思います。これを私立美術館でやる場合に企業に協賛を求めるというのは素晴らしいやり方だなと。事業にあたっては企業名を広報しますので、企業としても賛同しやすいメリットがあると思います。ネックとなっていたのは、子どもたちを連れてくるためのバスの手配だったんです。その問題を解消するために最初は広島市や広島県にアメリカのようなイエローバスを買ってもらえるようにお願いしたのですが、なかなか動いてもらえません。それならばと協賛を募り、手を上げてくださる企業がいらっしゃったので、今はひとつの事業としてうまくまわっています。もちろんすべてを協賛金でまかなっているわけではなく、当館も入館料を無料にしています。それで事業として成り立っているというのがすごいと思っています。

三根:
バスツアーでは、小学生はこちらの美術館でなにをするのですか。

副館長:
本館を中心に絵を見ていますね。絵の前にみんなが座って先生が説明しています。

古谷:
我々も少し話をしますが、先生方の考えがあり、深いことをやる学校もあれば、まずは見てという学校もあり、基本的におまかせしています。

三根:
小学生はクラス単位で来るのですか。

館内

古谷:
さまざまです。大きな学校になると何百人という規模になるのでクラス単位になります。小さな学校ですとみなさん集まっても50、60人ぐらいですから一緒に来ています。教育普及に対してはいろいろな考え方がありますけれど、まずは現場に来てもらうことが第一歩だと思います。そこでもしかしたら美術館を嫌いになる子がいるかもしれないし、好きになる子がいるかもしれない。それでいいと思っています。まずは来てもらい、美術館というものがあって、その中はこんなふうになっていて、雰囲気はこういうものなのだということを知ってもらう。それが大人になったときに、「そういえば小学校の頃に連れて行ってもらったな」「行ってみようか」あるいは「行きたくない」となるのか、まずは知ってもらわないと始まりません。

三根:
子どもたちの反応はどうですか。

古谷:
あまり難しいことをいうとわからないと大人はいいますが、そうでもなくて、子どもたちはけっこう興味を持ってくれていますね。我々は教えるというスタンスにはあまりなくて、美術館で感じてもらう、考えてもらう場にできればと思っています。それがゴッホの《ドービニーの庭》の黒猫である場合もあれば、他の絵である場合もあります。単に雰囲気であったりもします。
他にも、大学の学生にも大勢来てほしいと、広島市のほとんどの大学生が無料で入れるシステムを設けています。

三根:
キャンパスメンバー制度ですね。

古谷:
そうです。学生や職員の方は学生証や職員証を提示すれば無料で入館できるシステムです。実は大学からお金をいただいているんです。もちろん格安ですけれども。この話を大学に提案したというのが私立美術館ならではのフットワークの軽さというか、私どもの設立母体が銀行経営をしているならではの視点で、思いもよらない形で連携して教育普及がうまくいっています。学芸員の立場からすると、すごいことだと思うんですね。

展示室

副館長:
大学が非常に理解があるということです。学生数に応じて一定の料金をいただいていますが、学生のために出してあげようという大学のご理解が非常に強いことで成り立っています。ぜひ続けていきたいと思っています。
また、どこの美術館でもやられていると思いますが、大学生の実習を受け入れています。今年は20人来られました。

古谷:
短期のインターンシップも時々受け入れています。教育普及に関してフットワークが軽いと思います。

三根:
教育というと、教えるという側面と引き出すという側面がありますね。教えるというのは知識として持っていない人、あるいは経験を通してでも生み出せない人に対していろいろな情報を与えるということです。これはもちろん教育においてしなければならないことですが、子どもの中にあるものを引き出していく、開発していく、という側面もまた、非常に大切だといわれています。美術館によっていろいろ性格がありますけれど、ひろしま美術館は教えることを中心にする美術館ではなく、子どもの中にあるものが自然と出てくるような空間や空気で、子どもたちに「見たい!」と思わせるスイッチを入れる仕掛けがいっぱいありますね。それをさらに洗練されたものにしていこうと常に配慮されていることがわかりました。

 

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