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せとうち美術館紀行 第12回 呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)

戦艦大和を建造した呉の歴史に日本の近代化と未来を見る

呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)に関しての対談4

集客の秘訣はその地域にしかないものを見出し、しっかりアピールすること

対談イメージ

井上:
現在日本では政府をはじめとして観光立国を名乗っています。しかし大きな課題として、いわゆるめぼしい観光地といわれるところ以外の地域は全然潤っていないということが言われています。

館長:
大事なのは、その地域にしかないものをきちんと打ち出すことなのです。どこにでもあるようなものを考えてもダメです。ひと頃、巨大な水車だけが妙にはやって日本一というのを10㎝刻みぐらいで超えていくという競争をやっていた時代がありました。そういうものは明日にでも追い抜かれます。そういうことをしていてはその地域だけのものにはなりません。どこにも真似できない地域独特のものをきちんと発見して、それをアピールすることをしっかりやっていけば興味を持ってもらえます。

井上:
確かにそうですね。10年前というと地域おこし、町おこしが元気になってきていたところでしょうか。でもこちらのプロジェクトが始まったのはもっと前ですよね。

館長:
最初の頃はそれこそ地域の子どもにだけ見てもらえればいいという感じでした。そういう意味で他地域から人が来ることはあまり期待していなかったところはあります。しかしいろいろつくっているとやはり経費がかかりますし、ランニングコストも必要です。そこで途中から「やっぱり一定の集客はしないとまずい」と言うことになったのです。

当館の場合、オープン前に市議会から要求された努力目標は、来館者数が年間20万人でした。初年度は少し話題になるだろうから40万人と。あとは年間20万人の来館者を確保しろということでした。しかし私は「そんな高いハードルはやめてくれ。こういう施設は10万人来たらみんな万歳三唱というのが通常だから、そのつもりでいてもらわないとストレスになるからやめてほしい」と言いました(笑)。

館長イメージ

結果としてはそれ以上で大変良かったのですが、先に高い願望をつくってしまうと到達しなかったときに評価が下がり、後が続かなくなるんですね。こういう施設は人が来るかどうかではなく、教育施設です。採算があってもあわなくても経費は全部出すんだという覚悟でなければつくってはいけません。赤字だから小学校、中学校をつぶしましょうという話はないでしょう。採算性が有る無しで判断されたらかないません。

では何を基準に存続か廃止かを判断するのかというと、きちんとした運営をしているかどうかということです。十分な資料も集めていない、十分な調査研究もしていないからつぶすというのなら理解できます。来館者が少ないからつぶすという判断をされると成り立たないのです。そういう覚悟の上でつくるかどうかを考えるのが大切だと思います。

井上:
その地域にしかないものという意味で言えば、10分の1スケールの戦艦大和もこのミュージアムのためにつくられたのですか。

艦長:
もちろんそうです。最初は「戦艦の模型をつくるのはいかがなものか」「呉では世界有数の巨大タンカーもつくったのでそれでどうだろう」という話があったのですが、私は絶対ダメだと。世界一のものをつくってもある日目が覚めると追い抜かれています。ところが、大和はもう戦艦をつくる時代ではないから、未来永劫追いつかれません。

井上:
確かにそうですね。

大和イメージ

艦長:
日本人がつくったもので未来永劫世界一が保障されているのは戦艦大和ぐらいではないですか。他のものは絶対にいつか必ず追い越される可能性を持っています。せっかく呉市には絶対に追い越されない世界一というものがあるのだからそれを使わない手はありません。ただ世界一の戦艦をつくったことを説明するのに1mや2mの模型ではつまらない。そう言っているうちにだんだん大きくなり、10分の1スケールになったのです。

しかし大きいからといって大味になってはいけません。博物館に来るような人は、船を知らなくても、模型を知らなくても、きちんとつくったものか手を抜いたものかがすぐにわかります。張りぼてだと思われたらその時点で館全体のレベルを頭の中でジャッジされ、「この程度か」と思われます。最初に見るものはとことん手を入れて、本当にすごいと思わせないとその次に見る歴史コーナーに対する興味をかきたてることができません。本当に見てもらいたい歴史コーナーを興味深く見てもらうための最初のインパクトとして戦艦大和の模型はすごく機能していると思います。

井上:
実物は失われているわけですからね。

大和イメージ

館長:
そうです。本物の図面、本物の戦艦大和を造ったときの図面は一部だけごくわずか残っているだけです。写真も少ない。それら現存するものをほぼ全部集めて復元図面を描いてつくりました。資料でわかる限りは全部入れているんですよ。何十メートルもある模型ですが、数ミリという誰が見てもどこに何があるのかわからないようなパーツもあります。

つくってくれたのは、音戸で三代目になる山本造船という会社です。最初は非常にアバウトな仕様書で発注していて、途中から私が監修者として入り、「そんな適当なものじゃダメだ。もっとああやれ、こうやれ」といってずいぶんけんかしました(笑)。

戦艦の甲板は、本物は30cm×10mぐらいの板を使うのですが、模型ではベニヤを貼って烏口で筋を引いて甲板みたいに見えればいいという仕様書でした。だけど「本物通り10分の1のものをつくって貼ってほしい」と言ったわけです。そうすると「何を言っているんですか」とけんかですよ(笑)。結局、「しようがない」と本物どおりに数千枚の板を一枚一枚手で貼ってもらいました。

井上:
すごいですね。

館長:
しかも木目も10分の1です。甲板の材木は、本物の戦艦大和は当時の国産材である台湾ヒノキで貼っています。それまでの戦艦は南洋材のチーク材を購入して使用するのが伝統的でしたが、戦艦大和をつくる頃には外貨が少なかったので外貨の消費を抑えるために国産材が奨励されました。それで山本造船が「ヒノキを貼ったら本物と同じですね」と言うから、「違う。この模型は10分の1だから、木目も10分の1詰まっているものを探してほしい」と。普通のヒノキを貼ったらそこだけ1分の1ですから(笑)。「えー」と言っていましたが、結局探してくれました。北海道のタモという、野球のバットをつくる材木が目がしまっていて色味がヒノキなんですよ。「これでどうですか」と言うから「それでやって」とお願いしました。それぐらいこだわってつくったのですね。模型に興味がない人もあれを見たら「なんだかすごいなあ」となります。

井上:
この模型も世界一ですね。

館長:
世界一です。私もいろんな国の海事博物館で模型の展示を見ましたけれど、これだけ大きな模型をつくって展示しているところはないですね。50分の1ぐらいは結構あります。しかもこんなにつくり込んだ展示模型はないです。大きいやつは大味になっています。

イギリスの有名な帝国戦争博物館の模型もよくできているけれどさっぱりした模型という感じです。この戦艦大和の模型は、職人さんは最初はめんどくさいことやりたがらなかったのですが、ものをつくる人はだんだんもう少しいいものをつくろうとのめり込んでくるんですね。最後にはボートをつり上げる滑車が海軍の図面通りにできていました。中に真鍮で作った車が入っていて滑車の機能がちゃんとあるんですよ。模型だから絶対にいらないんです、船を下ろすことはないですから。「ああしろ、こうしろ」といっていた私が、「そこまでやる必要はないよ」と言うほどになりました(笑)。

大和イメージ

井上:
逆になったのですね(笑)。海に浮かべたら浮きそうですね。

館長:
水平に浮くようになっています。船体は山本造船の発注で本当の護衛艦をつくっている三井造船所のチームがスチール板で作ったんですよ。船体を作っているときに何回かチェックに行きましたが、「いつ走らせるんですか?」といわれるぐらいでした(笑)。「博物館の展示品だから浮かべないよ」と言うと、「もったいないですね」と言われました。

井上
本当にそう思います。

館長:
どれだけリアリティがあるかが大事なんです。復元であっても可能な限り近づける。展示を説明するときにちょっと手を抜いたというのがあると説明に自信がなくなります。これ以上は絶対にできないというところまでやった自信があるから、胸を張って「模型としても世界一」と言えるのです。

 

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