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せとうち美術館紀行 第15回 備前長船刀剣博物館

刀剣を通して日本の伝統美術工芸品の美と技を広める

備前長船刀剣博物館に関しての対談2

シリーズ展で初心者にもわかりやすい刀の見方や魅力を紹介

館内展示の様子

山木:
展示で工夫されていることや、刀の見方を教えていただけませんか。

杉原:
基本的に刀を見るポイントは大きく4つあります。ひとつは姿、形です。次に地鉄(じがね)と呼ばれている鉄の部分で、鍛錬の肌というものがあります。3つめが刃文。最後は茎(なかご)という柄(つか)の中に入っている部分です。茎は古い刀は錆びています。その部分に刀匠さんが名前を刻んでいて、そこを見ると、いつ、誰が、どこで作ったのかがだいたい推測できます。刀というのは見方がわらないとサーッと見るだけになってしまいます。私も最初はどこを見ればいいのか迷いました。そこで初心者や子どもたちにもわかりやすい展示をと考え、テーマ展「日本刀解体新書」と題し、2018年から春のテーマ展にて、初心者向け講座を5回にわたってシリーズで行っています。

山木:
それはどういうものですか。

[写真]刀銘:満足浩次

杉原:
すでに2回終了しましたが、第1回は「姿」、第2回は「肌」と「刃文」に重点を置いて展示しました。日本刀は製作の年代によって太刀・刀・脇指・槍というように姿が変化していきます。展示を見てもらえばわかりますが、刀の置き方に刃が上向きのものと下向きのものがあります。これには意味があります。例えば、太刀。太刀は馬上戦で使うために長く、腰から吊るして馬を操るのに邪魔にならないように刃が下に向けられていました。このため展示の時も刃が下に向けられています。戦国時代になると徒歩で刀による乱戦になります。腰に差し、すぐに切りつけられるように刃が上になっていました。このため展示の際も刃が上に向けられています。また馬はTVドラマなどではかっこいいサラブレッドに乗っていますが、昔は日本在来種の背が低いどっしりした馬しかいません。ここで知ってほしいのは、日本刀というのはどういう形をしているのかということ、今の常識を昔の常識として当てはめてはいけないということです。そんなふうに何かひとつでも学んで帰ってほしいと思っています。

山木:
すごくよくわかります。刀の世界は、ご年配の歴史を詳しく知っていて興味津々で見る人たちと、アニメの『刀剣女子』が人気で、そういう方々に2極化しているように思いますね。

杉原:
日本刀の愛好家の人々や刀に興味のある方々はたくさん来館してくださっています。今後は、その方々を加えた上で地元の人や子どもたちにもっと来ていただき、次の世代を育成することが大切だと考えています。

山木:
そう思います。
刃文を注目する人が多いと思うのですが、そこも教えていただけますか。

刃文のアップ

杉原:
刃文には、直刃(すぐは※4)、備前伝の特徴である丁字刃(ちょうじは※5)、マンガやアニメによく出てくる互の目刃(ぐのめは※6)、のたれ刃(※7)といわれているものがあります。刃文は刃が白くなっている部分とそうでない部分の境目のことだと思っている人が多いと思いますが、そこは刃取りといいます。刃文は白い部分の中にあり、光を反射させると浮かび上がる少し透明なライチの実みたいに見える部分を刃文といいます。

※4 直刃…直線的な刃文
※5 丁字刃…丁字の実の先端に似ている刃文
※6 互の目刃…規則正しく繰り返す刃文
※7 のたれ刃…間隔が大きな刃文

山木:
備前刀には特徴的な刃文があるそうですね。

杉原:
刃文は時代背景によって流行があります。最初に出てきたのが、直刃や乱刃(みだれば※8)といわれているものです。乱刃のなかで互の目刃、丁字刃といろいろ分かれてきます。江戸時代になると刃文は絵画的になってきます。安藤さんどうでしょうか。刃文は刀匠さんが刀というキャンバスに絵を描くようなもので、8割ぐらいは操作できるのでしょうか。

※8 乱刃…波打っているように見える刃文

安藤:
今の技術だったら7割、8割ぐらい操作できる感じですね。

杉原:
そんなふうに刃文を操作できるので、刀匠さんが描きたいものを描くようになり、江戸時代には菊水、吉野川と呼ばれている絵画的な刃文が出てきます。備前の特長としてはそういう絵画的な刃文というよりは丁字刃です。

山木:
杉原さんが好きな刀はありますか。

杉原:
実はまだ自分の好きな刀がわからないんです。

山木:
どの刀にも魅力を感じるからですか。

杉原:
といいますか、どこまで学習してこれがいいというのか、自分の中でまだ選ぶことができない状態です。その話題でしたら安藤さんに聞いた方が…。

山木:
そうですね。安藤さんは好きな刀はありますか。

対談の様子

安藤:
景光が好きですね。なぜかは、はっきり自分でもわからないです。東京国立博物館に小竜景光(こりゅうかげみつ)があり、東京に行くときは時間があれば必ず立ち寄ります。常に国宝が巡回して2、3振展示してあるのですが、なぜか私が行くときは小竜景光ばかりなんです(笑)。

山木:
運命ですね(笑)。

安藤:
何回も見ていると飽きてくるじゃないですか。それでもまた見ていくうちにだんだんすごいなと思うようになったんです。景光の特徴は、片落互の目(かたおちぐのめ)といって(互の目の文様の)片方の角が落ちているんですね。逆丁字風の刃文の中に片落互の目が混じっていて、その割合といいますか、コントラストがすごくよく、まとまっているようでまとまっていないところに魅力を感じるんです。

山木:
小竜景光は雑誌などで読んだ知識では、楠木正成が所有していたのではないかと言われていますね。銘は「備前国長船住景光」。まさにこの地に由来のある刀に安藤さんはひかれている。一種の運命ですね。

安藤:
そうですね。不思議なのが、小竜景光は江戸時代に農家の家からポッと出てくるんです。なぜそこにあったのかというのもすごい魅力ですよね。

山木:
そうなんですか。ひょっとしたら安藤さんは生まれ変わりだったりして…(笑)。

対談の様子

安藤:
その可能性も…(笑)。小竜景光に関しては、もし依頼があって写しを作るとなったらおもしろい刀です。刀に倶梨伽羅竜の彫り物があるのですが、本来は刀身のほうにあります。しかし磨上(すりあ)がって(※9)いるため、竜の彫り物が茎のほうにあるわけです。写しを作るときに、生ぶの形をつくるのがいいのか、現在の磨き上がった刃身の形を作るのがいいのか疑問に思います。基本的には写し物を作るときは、生ぶの形を作れと日本刀の世界では言われています。

※9 磨上(すりあげ)…刀の茎を切りつめて全長を短くすること

山木:
もともとの姿、全形を推測して作るということですね。

安藤:
ただ小竜景光というのは、はばきをつけるとちょろっと顔がのぞくことから「のぞき竜景光」と呼ばれています。つまり、磨上げたから小竜景光の名前がついているわけです。生ぶの状態だったときはその名はついていません。

対談の様子

山木:
オリジナルでいくのか、現存の姿形を取るのか、それは文化財においてすごく悩ましい問題なんですよ。

ちなみに、安藤さんをはじめ現代の刀匠さんの刀を見ることはできますか。

杉原:
瀬戸内刀工会という展示スペースがあります。そこで3カ月に1回2名ずつ展示替えをしていますので、このスペースで見ることができます。

安藤:
工房で声をかけていただいて手が空いていれば、見せることができます。注文してくださるならすぐにでも(笑)。当館以外では、全日本刀匠会の中国支部で年1回展示会や、日本美術刀剣保存協会主催のコンクールがあり、刀剣博物館で展示会が開催されています。

 

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