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せとうち美術館紀行 第15回 備前長船刀剣博物館

刀剣を通して日本の伝統美術工芸品の美と技を広める

備前長船刀剣博物館に関しての対談4

子どもに刀の歴史背景や当時の生活をイマジネーションさせることが大切

山木:
子どもたちが美術館に来るのは、美術の先生方が美術の時間との関連で引率してきたり、あるいは授業そのものを美術館で行ったりしています。私としては技術とか図画工作に限らずに、いろんな教科の先生方が子どもたちに見せる機会をつくってほしいと思っています。こちらの博物館は歴史とのからみがすごく強いだろうなと思うんです。学校の遠足などで子どもたちが来るときはありますか。

対談の様子

杉原:
当館のある学区の行幸小学校の3年生と5年生が地域学習で毎年来ます。それプラス、近所の小学校や隣の市の小学校、岡山市外の小学校から来館したいという要請があれば受け入れ、年間だいたい4、5回は小学生がやってきます。中学生は総合学習として職業体験みたいなものがありますが、当館を指定していただいて学芸員の仕事や博物館の仕事を体験したり、刀匠さんにいろんな話を聞いたりしています。

山木:
子どもたちにわかるように話すのは難しいですか。

安藤:
専門的なことを型どおりに話しても理解しづらいと思いますので、面白おかしく説明しています。

山木:
刀は迫力があるから見ると興味を覚えるでしょうし、記憶に残るでしょうね。

安藤:
「前に来たんです」と来られる方もたまにいます。

杉原:
また地元の高校の、邑久高校から高校生がインターンシップで来られます。学芸員実習も行っていますので実習生が来られることもあります。インターンシップで来られる子たちの中には、「小学校のときにここに来ていろいろ体験したから選びました」という声があります。

山木:
大人になったときに「あれはなんだったんだろう。そうだ、刀を作っているところだった」という記憶でいいから少しは残ってほしいですね。刀は戦国時代には実践の武器として機能したわけですが、同時にその時期から鑑賞用の意識が非常に高いですよね。刀の美しさを知ることが、子どもたちに魅力を知ってもらう基本にあると思います。どのように伝えているのでしょうか。館長はご自身が剣道をされていたということで剣の達人という観点もあるのではないでしょうか。

対談の様子

館長:
もともと刀は武器で、武士が命をかけてきたもので、普通の武器と違って美的なところがあります。あるいは家の名誉をかけながら戦ってきたということが刀の中には含まれていると思います。ただ美しいだけではなく、そうした背景とつなげて見てもらいたいです。

山木:
歴史的な背景を知ることが魅力につながるということですね。

館長:
そうです。外国に行ったときは必ず武器博物館とか戦争博物館などを訪れるのですが、ものの見方というのは国によって違い、その一方である観点に立てば同じところがあります。それを共有し合えるのではないかと思います。他の国に対して文化、歴史などをきちんと感じ取れる訓練は、日本の文化はどうか、地元の文化はどうかと見ながら磨く感性が必要です。子どもたちが将来国際人として、例えば外国に行って交渉するときに、ビジネスにすぐに入るのではなく、何がその国のバックにあるかを探せば交流のベースになると思います。当館は特に地元の文化に密着し、実際の職人さんが刀を作っていますので、いろんなことを学んでいただけたら将来に向けてすごく役立つと思います。

対談の様子

山木:
同感です。小学校、中学校は図画工作や美術という形で美的なものを学んでいくわけです。
ですがこれらは高校になると、音楽や書道を含めて選択科目になります。伝統的な文化の魅力みたいなものを味わう機会がすごく薄いのではないかと思います。なんとか高校あたりで美術館、博物館にもっと来ていただきたい。大学生に関しては「刀剣乱舞」などが盛り上がっていて女性が来られることが非常に多いみたいですけれど、大人になるためのステップとして日本の文化をきちんと味わう、そこが大事なんじゃないかなと本当に思います。

杉原さんはどうでしょうか。子どもたちとの関わりの中で、この点を抑えると刀剣の魅力が見えてくるということはありますか。

杉原:
私も何回か子どもたちの前で説明をしていますが、小学校3年生と小学校5年生では全然違います。その違いは何かというと、歴史を学んでいるか、学んでいないかです。昔の人たちは刀が身近にありました。今は身近にありません。隣に刀匠の安藤さんがおられるので失礼になるかもしれませんが、普段持ち歩いていない、お父さんが持っていないものです。そういう小学校3年生の子どもに「刀ってキラキラしてきれいよね」と話しても、子どもたちの興味を引き出せたという実感が、正直言って持てません。小学校5年生は「この時代にこういうものが作られました」という歴史の話をすると、話は理解してもらえます。でもやっぱり身近にないんです。ですから刀の美しさを理解するのはもうちょっと大人になってからでいいと思うんです。それより私が伝えたいのは、今展示している刀は、例えば千年前、おじいさんの、おじいさんの、おじいさんの…おじいさんが持っていたかもしれない。手入れをしながら大切にしてきたから今残っているのだと。刀を作るのはすごく労力が必要で、一部の人、刀匠さんたちを代表とする刀職さんたちしかできない技術なので大切にしていきましょう、伝わってきた理由をちょっと考えましょう。そういう話をします。

山木:
子どもたちに刀の魅力や昔の文化にひそんでいる話などを伝えられるかどうかはイマジネーションを喚起できるかにかかってくると思います。その時、どんな暮らしをして、どんな風景を見て、どんな会話をして、どんな食べ物を食べていたか、それをイマジネーションできるように子どもたちにアプローチできたら成功だと思います。このイマジネーションは、先ほど館長が言われましたが、大人になってからすごく重要です。現在は失ってしまったものをどのようにもう一度過去の人間になって体験できるか、杉原さんの話でいえば前の前の前の世代に戻って味わえるかどうかが勝負ですね。

対談の様子

杉原:
そうですね。瀬戸内市にはもうひとつ須恵古代館があり、行幸小学校の子どもたちを連れていったことがあります。そのときに陶棺という棺を見ました。130cmぐらいの大きさで、「何が入っていたんですか」と聞くので「昔の人の棺だよ」という話しをすると、「子どもが入っていたんですか」と。「大人が入っていたんだよ」と答えると、子どもたちは「おかしいじゃないですか。僕のお父さんはもっと大きいです」と言うんですね。そこで「昔の人たちは背が低くて、もっとがっしりとした体型をしていたんだよ。簡素な服を着ていて、今みたいにシャネルなどはもっていません」と話しました。すると、「普段は何をしていたんですか」と。「君たちみたいにプレイステーションで遊んでいないですよ。昔の人は竹とんぼなどを作っていたかもしれません。時代によって違うから、その時代のことをまず勉強して、当てはめて見て、学んでください」と話をしました。

山木:
先日大阪城に行ったのですが、有料で武具を着けるコーナーがあり、外国人も日本人の子どもたちもたくさん列になっていました。そういうものを実際に着けてみることがイマジネーションを喚起する方法としてすごく重要だと思うんですね。こちらの博物館でも武具を着ける体験をされているとうかがいました。

杉原:
甲冑の着付けイベントを行っています。インターンシップでは甲冑を着て受付をしてもらうこともあります。

山木:
それは素晴らしいですね。

杉原:
甲冑を着た感想を聞くと、「重かった」と言います。「走れる?」と聞くと「無理です」と。「刀を振り回してごらん」と言うと、模造刀ですけれど「腕が上がらない」と言います。

対談の様子

山木:
それでどんな日常だったかを想像できますよね。当時の苦労もわかります。江戸時代というとすごく昔に感じますが、実は世代で考えたらそんなに昔ではありません。しかし令和の時代になると、子どもたちにとって平成も昔、昭和はかなり昔、明治は想像できないぐらいの昔になってしまいます。昔という感覚がプラスに作用するときもありますが、リアリティが薄まる危険性もあるんですね。そういう意味で、日常の生活場面で馬や刀が珍しくなかった時代の暮らしを想像できるようなアプローチが大切ですね。

杉原:
日本刀の博物館ですので、他の博物館ではやらないようなイベントを開催しています。例えば「小刀製作講座」や「ペーパーナイフ製作講座」。講師として刀匠の安藤さんが先生として登場して手取り足取り教えてくれます。

山木:
安藤さん、ぜひそれを話してくださいませんか。

安藤:
ペーパーナイフづくりは五寸くぎを材料に使って行うので安く作れます。小刀は日本刀の材料で本物を作るのでちょっと値段が高いです。夏休みになると宿題のテーマとして、ペーパーナイフづくりを体験するために子どもたちがたくさん来られます。

山木:
作っている様子はどうですか。楽しそうですか。

安藤:
お子さんたちは一生懸命です。大人も夢中ですね。

山木:
ものを作るって夢中になってしまいますね。保護者同伴で大人も手伝っていいわけですか。

安藤:
そうです。小学1年生は一人ではちょっと難しいので。

山木:
過去には、日本刀を作るために必要な炭焼き体験も行っておられたそうですね。

古式鍛錬場

杉原:
炭焼き体験をしたり、全く関係ありませんがジャム作りをしたり、子どものためのイベントや一般の方のためのイベントを刀匠さんや地元の業者さんにお手伝いしていただいていろいろ開催しています。どんな形であれ当館に足を運んでいただくきっかけになっていただければと考えています。それに加えて、刀の手入れ講習会や公開古式鍛錬もあります。公開古式鍛錬は昔ながらの刀を打つ様子を見ていただくもので、毎月第2日日曜日に行っています。なかでも新年最初の古式鍛錬は打初式(うちぞめしき)といって神事を行います。

安藤:
打初式ではお客様にも3発ぐらい打ってもらっています。毎月の公開古式鍛錬は当番の刀匠によって少しずつ内容が違っていますので、その時に打ってもらうこともあります。

 

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